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―韓国インターネット新聞、プロメテウス、8月6日に掲載された「反資本主義ABC」より |
キャンドルは階級を強化できない
キャンドルが消え去ろうとしている。広場を明るく照らし希望を開いたキャンドルは、今私たちの歴史になろうとしている。だがキャンドルは偉大であった。一挙に支配階級を窮地に追い込んだのは勿論、私たち全てが権力に対し再び考える契機を作ってくれた。私たちは広場でキャンドルを掲げて出会い、キャンドルを掲げて連帯できたし、キャンドルを掲げて闘って、キャンドルを掲げて目線を会わし、自ら歴史の主人で有り権力の根本であると誓って、それらを取り戻すために喉が裂けよとばかり叫んだ。なによりも、私たちはキャンドルで一つになったのである。広場のキャンドルが小さくなっていると惜しむ必要はない。永遠に消えない心の中のキャンドルに灯をともす瞬間が訪れているのである。
勿論、キャンドルは階級を現すことも出来ず、権力に向かい前進することも出来なかった。権力に向かいキャンドルを高く掲げても、階級がキャンドルでは強化出来ないと非正規職労働者達は“キャンドルを見れば絶望を感じた”という惨憺たる告白を打ち明けた。当然なことである。キャンドルは決して労働者階級に視線を合わしていなかったし、むしろ民衆の名で、市民の名で労働者階級を広場の端に追いやった。それにキャンドル広場に鳴り響いて歌われた歌は、偉大な“あなたのための行進曲”ではなく“大韓民国は民主共和国である。大韓民国の全ての権力は国民から出てくる”(憲法第1条)であった。ブルジョア的観念がべたべたと張り付いた歌を取り上げたため“明博山城”さえ、儘に乗り越えることが出来なかった。
※“明博山城”とは、李明博政権が青瓦台へと続く全ての道路をコンテナで高く積み上げ封鎖した状態を指して言う。
キャンドルを救出するには左派の力は弱かった
このような次元でキャンドル示威は、不正選挙に抗議したグルジアのバラ革命や、ウクライナのオレンジ革命と似かよっている。それはキャンドルのせいではない。“どのような時代であれ、その時代を支配する観念などは支配階級達の観念である”支配階級は、私たちが経験している世界を反映しているため、なによりもそのように見えることは勿論、あたかも常識であるかのように感じるよう作られている。資本支配が当然であり、利潤追求が当然であり、市場競争が当然であり、議会主義が当然であり、両極化が当然であり、暴力支配が当然であるという思いを持たせる。キャンドルは、ブルジョア的イデオロギーに包囲されていたため巨大な抵抗の噴出ではあったが、ブルジョア達の障壁を越えることは出来なかった。
たとえキャンドルがブルジョア達の障壁を飛び越えられなくとも、左派の助けが切実であっただろう。左派はキャンドルが消えないように注意しながら燎原に燃え上がるようイデオロギー障壁を打ち壊し希望を開かなければならなかった。だが、ブルジョアが張り巡らした障壁に捕らわれているキャンドルを救出するには、左派達の力量は不足していた。
そのうえ、キャンドルは支配階級と支配秩序の正当性を一刀のもとに切り捨てたが、左派を自らの未来と関係のない不平分子と考えたため、権力へ階級へと前進できなかったのである。左派は資本主義を歴史の法廷に立たせ反労働者主義であることに全てを捧げてきたが、キャンドルは左派を信頼できなかった。左派に未来を発見できなかったのである。
抵抗のキャンドルを階級のキャンドルへ!
今日の左派は息をすることさえ辛く見える。彼等の血と汗がにじむ苦労と献身にも拘わらず、歴史が前に進むどころか、後ずさりしているかのようにも見えるためである。涙ぐましい感動で褒め称えられたキャンドルでさえ、階級へと前進させることが出来ず権力意志を確立することが出来なかったのを見れば、挫折し抜け出したい心情であったであろう。しかし、左派が歴史から目をそらし階級の罪人として生きていくことは出来ない。大衆と共に呼吸し視線の高さを合わせることが、どれ程辛い作業であるのかは階級の歴史が物語っている。にも拘わらず歴史は自ら突破口を開いて、大衆は自ら道を探し求めたことも、また、階級の歴史が教えてくれている。
左派は歴史を信じ歴史の流れに応答する人たちである。抵抗のキャンドルを階級のキャンドルへ、連帯のキャンドルを革命のキャンドルへ前進させることが出来なかったと悲観してはいけない。始めからそのような歴史的想像力に依拠し集まったのではない。我が社会の政治意識や組織水準が、その時点に至っていないこともまた明白である。ただ、キャンドル広場に集まった人たちは、歴史を導く力は、まさに連帯と闘争ということを学んだのである。今、左派はキャンドルが階級へ権力へと前進することが出来る基盤を磨かなければならない。キャンドルがエセ左派たちを審判する現実で、左派は歴史の必然を、歴史の現実へと変える歴史の長い道のりから抜け出て、真正な階級政党に結集しなければならない。
今回の反G8サミット行動の成果は、関生支部のミキサーキャラバンが初めて反グローバリゼーション運動の場に登場したことだ。それは、行動に参加した人々や「テロ警備」に当たった警察にインパクトを与え、様々なアピール効果があったというだけでなく、日本でも労働組合が正面から先進国主導の新自由主義グローバリゼーションそのものに反撃を始めたことを示す一つの象徴ではないか。それはまだ小さな一歩かも知れないが、大きな意義を持つと考える。
現地北海道へ行き、痛感したのは、この運動に参加する人々が国民全体から見て極少数であり、しかも、多くの労働組合が参加していないということだ。しかし、「芽」はある。それは、サウンドデモで意思表示をするフリーター労組の仲間など、これまで運動に参加しなかった者たち(特に若者)が、「自分たちの生き苦しさの根っこにはグローバリゼーションがある。だから闘うんだ」と言って起ち上がり、こぶしを挙げる姿。
彼らのように、多くの仲間をこの運動に「引きずりこむ」努力がもっともっと必要だと感じたG8サミットとなった。資本の新自由主義に変わる労働者の「共生・協同」主義のグローバル化に向けて、ともに闘おう。(事務局員山城)
●日本の運動の低迷
六月〜七月反G8闘争は各地での前段集会の後、北海道に五千人が結集した。G8サミットやWTOに対する民衆の闘いを振り返ると、シアトル、カンクン、ジェノバと闘われ、このエネルギーは千五百万人を動員する反イラク戦争デモに結実していった。
これに対し日本の抗議行動の規模はまだ小さい。貧困と環境問題は日々深刻さを増しているが、労働運動はこれに対応できていない。すでに多くの企業で、正規職を切り捨て臨時雇用を中心とする雇用体制にシフトし、正規職も「名ばかり管理職」とするという労働者の分断と酷使が標準となりつつあるが、連合などはこれに有効な闘いを組めていない。大企業の本工主義を軸とする企業別労働組合運動の限界といえる。
●新しい運動の胎動
一方では小規模な労組が次々と生まれ、それらが地域を横断して横につながりながら増殖している。そこに集まっているのは運動経験も浅く若い労働者である。当たり前の生活を求めて当たり前の要求をし、弾圧に屈せず反撃する。こうして様々な職場から、その不満の爆発とともに小さな労組や個人的運動が数限りなく生まれている。この運動は、人間性を奪われ、無価値な「働く道具」へと強制されてきた自分たちの「人間回復」をめざす運動につながっている。
今回の北海道サミット抗議闘争には、そのような自らの意志で起ち上がった若い青年労働者の姿がとりわけ目についた。サウンドデモを担ったのはこうした青年たちであった。警察権力もまた、彼らを資本主義的秩序の根幹を揺るがす「危険物」と察知し、意図的に集中弾圧したのである。まだ小さいが日本反体制運動の再生を担う力の新たな胎動を実感した。この力を強固に組織し発展させていく事が問われている。(コモンズ編集局員武峪)
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増田 幸伸(近畿生コン関連協同組合連合会専務理事) |
スペインとフランスにまたがる地域はバスク地方と呼ばれ、固有の言語と文化を持つバスク人の居住地域です。スペイン側では三つの県を合わせてバスク自治政府が構成されています。
この領域にモンドラゴンという町があり、ここに本拠を置く多数の協同組合群をモンドラゴン協同組合企業体(MCC)と呼びます。尚、ここでいう協同組合は労働者協同組合(労働者が出資し、自らが働き運営に関わる協同組合)を指します。
●一人の神父から始まる
1941年、モンドラゴンのカトリック教会に、ドン・ホセ・マリア・アリスメンディアリエタ(1915〜1976年)という名前の神父が赴任します。スペインは第2次世界大戦の前哨戦であったスペイン内戦(1936〜1939年)を経験します。当時の人民戦線政府(左派)はヒトラーのドイツ軍とムッソリーニのイタリア軍の支援を得たフランコ将軍率いる反乱軍に敗北します。ピカソの有名な「ゲルニカ」は、この時のバスクのゲルニカという小都市へのドイツ軍による無差別空爆への怒りを表しています。以後、長期独裁政権で民衆は苦しむことになります。この時、バスク人は人民戦線政府と共にあって敗北し、バスク軍に従軍していたアリスメンディアリエタも捕らわれ、危うく処刑されかけた過去を持ちます。
●労働と団結
バスクの民衆以外の誰にも頼ることのできない環境で、アリスメンディアリエタは1943年、当時内戦で荒廃した8千人の貧しい町の人々から資金を集めて、小さな職業訓練学校(技術専門学校)を開設することから始めます。今日、この学校はモンドラゴングループの職業教育と研究の本拠地である工業技術大学に成長していきます。
彼は、学生の間に学習グループを組織し、世界で起こっている問題を議論させ、労働の尊厳と労働者が主人公になる企業経営、そのことを基盤とした社会変革を説きました。
1956年、第1期卒業生20名の中の5名、ひたむきな青年達が、モンドラゴングループの最初、労働者協同組合「ウルゴール」を創設したのです。
●労働と教育
アリスメンディアリエタ神父は、労働を人間の本質と捉え、労働の尊厳や労働の復権に最上の価値を与えています。さらに、「労働者は教育と自己自身の労働を通じてのみ自己を解放する」、「協同組合主義は教育活動を行う経済活動といわれるが、経済活動を行う教育活動であると定義付けることもできる」と述べた様に、教育に、そしてエリート主義・専門家主義ではない民衆的性格の教育に社会変革の原動力を見ていました。初期の1948年に教育文化連盟を設立しています。
彼は、多元的で自由な協同組合制度は「教育、労働、人間性の尊厳」によって初めて確立されると主張しました。そして、「知は力である。知の社会化こそ力の民主化である」とスローガン化しました。
●モンドラゴンの発展
1959年、労働人民金庫(CLP)が設立され、協同組合への融資のみならず、経営指導、社会保障なども行う、指導センターの役割を果たします。CLPを軸とした緊密な協同組合間連携が強化され、相互に助け合いながら発展していきます。
さらに、エロスキ消費協同組合とここに農産物を提供する農業協同組合、給食作りをするアウソラング(女性協同組合)、住宅協同組合、社会保障協同組合、技術開発研究所や大学やバスク語で教える小学校も協同組合として、まさに、生産から消費にいたる全生活過程が協同組合によって組織されています。この様に協同組合セクターの拡大強化によって、バスク社会の再建に貢献し、国民経済を民主化しているのです。(次号に続く)(つづく) 忘れてはならない日が、また巡ってきた。63回目の8・6。今年も国内外か大勢が広島の地に集い、核廃絶と恒久平和を願い多様な行動が取り組まれた。私が参加したワークショップは、1977年から続けられている市民による「8・6ヒロシマ平和へのつどい2008」。木原省治さん(原発はごめんだヒロシマ市民の会代表)、舟越耿一さん(長崎大学教授)、盆子原国彦さん(在ブラジル原爆被爆者協会理事)、繁沢敦子さん(映画「ヒロシマナガサキ」共同プロデューサー)らが発言。つどい実行委員会代表の湯浅一郎さん(ピースデポ代表)は「市民の側が『軍事力によらなくても平和は作れる』という対抗構想を打ち出すべき時。『核兵器のない世界』を解く鍵が『非核地帯の実現』。北東アジア非核地帯を作ろうとする世論形成が、状況を変えていく駆動力になる。秋の臨時国会では、給油新法の延長問題が焦点化し、その先に、派兵恒久法が待っている。これは、9条の改悪を先取りしたもので、何としても阻止せねばならない。そのためにも、9条を具現化した政策を提起し、実体化していく必要がある。8・6ヒロシマで改めて、そのことを思い起こすことを確認したい」とスピーチした。
メインスピーカーは、トライデント更新阻止闘争で強力な反核運動をリードするレベッカ・ジョンソンさん(アクロニム軍縮外交研究所・所長)。核搭載潜水艦の母港、スァスレーン基地前で「人間の鎖」を06年10月から1年間続けた。「英国が核軍備競争から離れるまで、市民的抵抗(非暴力直接行動)を続けるつもり」だ。「非核3原則と9条を堅持した上で、(米国の)『核の傘』から抜け出して世界各国を主導する役割を日本に期待する」。「私たちが行動すれば、2020年までに核廃絶は可能です」と、約250人の参加者に力強く訴えた。
ヒロシマの願いは、日本国憲法の前文や第9条と同じく、「平和」という一言に尽きます。地球規模の平和を求める私たちは、戦争に備えるのではなく、揺るぎない平和を創り上げる不断の努力を重ねていく活動を広げていきましょう。前田勝章
「統治の客体から統治の主体へ」、裁判員制度の実施を企図している側は、国民の位置づけと制度の狙いを端的にこのように表現しています。
「その最も大きな(世銀の)リスクは、何らかの政治的な理由で融資先の国民がまとまらなくなることだ」、これは八月十一日の日経に載った元世界銀行副総裁の西水美恵子氏の論文の中にあります。(金貸しの厳密非常の大鉄則)。この制度を最初に知った時、私の直感は「これは分割統治の一手法」と断じました。
国家と国民の関係。それは四点。
古くからの納税の義務に発し、近代になって勤労の義務、教育の義務などが増え、専制あるいは絶対的権力に対し、人民は自由を求め幾多の闘いを展開し、その結果数多くの「自由権」を獲得し、さらには積権的な受益権=社会権にまで発達して来ました。
サテ最期の関係が参政権。これは選挙権、被選挙権、その他により現代の国家像がほぼ完成しています。
義務は別にして、これらの諸権利は永年の人民大衆の血と汗によって闘い獲ったものであって、決して権力側が喜んで与えたものではなく、彼らは与えると同時に別の面からの代替物以上を必ず取引き的か詐欺的手法で取り返しています。
参政権を企業内における労働者労働組合による経営参加論に置換してみるとよく理解することができるでしょう。
「裁判員制度」批判を憲法違反論、代用監獄廃止などの反人権的現代諸制度の是正が先、冤罪を増やす粗雑裁判になるなどの重大かつ正当な指摘と主張が出されています。
そもそも国民の側から何らかの要望が出されてのものか。司法の民主化、裁判への国民参加論などと全く無縁のこの制度の毒饅頭的本質は何かを見抜かなければなりません。
彼らは民主化の欺瞞を用いて、国家と国民の「自同性」を高める謀略に必死。
彼ら、とりわけ最高裁は見事に馬脚を現しました。一〇〇%敵側についた!!
審査権を活用するなど手を尽くし、 日本人民よ、最高裁に対し反撃しよう!!
(○八年八月十五日) 青山三郎(「人民の力」北海道)
不当逮捕された大阪釜ヶ崎の
仲間からの便りを紹介します
(一部、抜粋して掲載した便りもあります) |
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前略御免下さい。
何にも知らない方から面会に来て下さいまして有り難うございます。、又、手紙までいただき誠にすみません。自分も元気が出て来ました。がんばります。(労働者Bさん)
いつも暑い中差し入れ有り難うございます。拘置所の中に在りましては、楽しみは、フロ、運動、差入れ、手紙です。「寝る」も楽しみの中に加えたいのですが、夜でも部屋の電気は明々とついていますので、シャバの寝室がなつかしくなったりします。ますます暑くなりますが御自愛下さいませ。 (労働者Mさん)
前略
猛暑が続いております。組合の皆様いかがおすごしでしょうか。前日14日に釜ヶ崎医療連絡会議気付6・13救援会の皆さんからお便りいただきました。ひじょうにゆうきと、いろいろ考えさせられました。ほんとうにありがたく思っております。
草々(労働者Sさん)
前略
猛暑が続いております。組合の皆様はいかがおすごしでしょうか。又貴重な資料を送ってもらいありがとうございます。いろいろと勉強になります。いろいろとお世話になると思います。
よろしくお願いして失礼します。
乱筆乱文でごめん下さい。 (労働者Tさん) 8・8反弾圧集会に結集された皆さんに連帯の挨拶を送ります。
私は暴力反対です。皆さんもそうだと思います。でも今回の労働者の抗議行動は、西成警察署の刑事が権力を笠に着て釜ヶ崎の労働者を一人の人格ある人間として認めない差別的な対応、暴行を繰り返し行なっていた結果であり、労働者の怒りは当然です。労働者は正義の闘いに起ちあがったのです。悪いのは西成警察署です。
大阪府警や西成警察署はそのことを反省するどころか警察官の暴行を隠ぺいし、機動隊を動員し、多数の労働者に見せしめ的に暴行を加え、そして逮捕しました。
大阪府警や西成警察署釜ヶ崎の労働者に対する考えを変えない限り、また労働者の抗議行動は起こります。組合もまた西成警察署の前で抗議を行うでしょう。
君は見たか、機動隊に体当たりする労働者を
君は見たか、石つぶての怒りのひとつひとつを
君は見たか、石を運ぶ老人の姿を
君は見たか、盾の中に引きずりこまれ、血まみれになった労働者を
君は見たか、西成署で正座させられている労働者を
君は見たか、捕らえられた人々を
君は見たか、体を張って闘った釜ヶ崎の労働者を
大阪府警・西成署の釜ヶ崎労働者に対する差別を許さんぞ!
暴力警官は出てきて謝れ!
逮捕されている仲間を即時釈放せよ!
獄中、獄外団結して闘うぞ! ■日本軍「慰安婦」被害者の訴え
八月七日、「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む会」主催により国会において院内集会が開催され約百名の市民、議員らが参加した。
参加した駐日オランダ大使からは日本政府の不誠実な態度に対して厳しい批判があった。
また台湾の「慰安婦」被害者・陳桃さんは、通学途中に警官にだまされ制服を着たまま慰安所に連れて行かれた事やクレゾールを飲んで自殺を図った体験を、涙で声を詰まらせながら語り、日本政府への謝罪を求めた。
米国市民団体のアナベル・パクさん、EUでの決議運動を進めたアムネスティ・インターナショナルのキャサリン・バラクロウさんからも運動の現状報告があった。
なお、これを受けて、八月十日には大阪で、関西フォーラム実行委員会主催の集会があり、五百六十人が参加した。
■米海軍原潜の放射能漏れ事故発生
米海軍原子力潜水艦ヒューストンが放射能漏れを起こしており、二〇〇六年六月から今年七月まで二年以上にわたって放射能を帯びた冷却水を垂れ流しながら航行し続けていたことが八月七日、外務省からの報告でわかった。ヒューストンはこの二年間、日本に十一回も寄港しており、安全管理のずさんさがあらためて浮き彫りとなった。米海軍の軍港ホワイトビーチがある沖縄県うるま市議会ではヒューストンも含む米原潜の寄港回数が今年七月までですでに二十六回と、昨年一年間の二十四回をはるかに上回っていることに対して七月三十日、全会一致で抗議決議と意見書を採択したばかりだった。
ヒューストンの放射能漏れは七月二十四日、ハワイでの定期点検で発見され八月一日に日本外務省に通報されたが、外務省はこの事実を直ちには通報せず隠ぺいし続けた事も問題となっている。
■エクアドル■米軍基地貸与終了を通告
南米エクアドル外務省は七月二十九日、一九九九年に前政権が締結したマンタの米軍基地貸与協定を更新しないことを米国政府に正式通告した。同基地は二〇〇九年で貸与期限が切れ、同年十一月に米軍が撤退することを確認した。基地はそのままエクアドル空軍に引き継がれる。二〇〇七年一月に就任したコレア大統領はこの基地の貸与更新拒否を選挙公約に掲げて当選した。二十四日の憲法制定議会で承認された新憲法草案では外国軍基地の国内設置が禁止されている。 ■アルゼンチン■最低賃金26・5%引き上げ
七月二十八日、アルゼンチンの労働組合、経営者団体、政府三者間の協議により、年内に最低賃金をこれまでより26・5%引き上げることに合意した。年率9・3%に達するインフレに対して労組が強く要求していたもので、合意内容は、現在の最低賃金月額九八〇ペソを八月に千二百ペソ、十二月に千二四〇ペソに引き上げる。キルチネル前政権の新自由主義政策と長期の最低賃金据え置きにより拡がった貧富の差を縮めるためにも必要なものである。
■パキスタン■ムシャラフ大統領辞任
パキスタン大統領ムシャラフは八月十八日、テレビを通じて辞任を表明した。二月の下院選挙では反ムシャラフを掲げるパキスタン人民党(PPP)が圧勝。世論調査でも国民の七割が大統領辞任を求めてい弾劾の動きの前で辞任を余儀なくされた。九十九年、軍事クーデターによって政権奪取したムシャラフの辞任によって、九年にわたる軍事独裁体制の崩壊が明らかとなり、ムシャラフとの協力で進めてきた米国のアフガン対テロ政策は後退を免れない。
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