|
東京明治公園に二千人が結集(写真はこちら)
10月19日、東京千駄ヶ谷の明治公園にて、「2008年の米騒動一気に!!一揆だ!! 垣根を越えてつながろう!! 反貧困世直しイッキ!大集会」が反貧困ネットワークの主催で開催された。反貧困ネットワークは昨年10月、社会的に広がっている貧困問題の解決をめざして結成されたネットワークである。この集会は、全国キャラバンとして取り組まれ、7月12日福岡、および13日埼玉から出発した東西ふたつのルートを通って全国を駆け巡った3ヶ月にわたる「反貧困2008全国キャラバン」のゴール地点として設定された集会であった。
午後1時、代表の宇都宮健児弁護士と雨宮処凛さんの開会宣言のあと、キャラバンカーを先頭にのぼり旗を押し立てた全国からのキャラバン隊が拍手に迎えられながら到着。このキャラバンには全国449団体が参加し241の自治体や公共機関に要請行動を行ったこと、またキャラバンの成果として反貧困ネットワークが4県で立ち上がり、13県で準備が始まっている事も報告された。
次に国連の貧困撲滅国際行動のひとつとして、「STAND UP TAKE ACTION」のスローガンが掲げられた。全体集会のあと、労働・子ども・社会保障・女性・ホームレス・居住・食の危機・多重債務・死刑廃止など各種分科会が持たれ、その後再び全体集会にて互いに各分科会の内容を報告しあった。
コモンズの仲間も積極的に分科会に参加し、協同組合運動と連動する新しい労働運動のための研究会をアピールし、本の販売、新聞『コモンズ』の販売などをおこなった。
■注目を浴び賑やかにパレード
湯浅誠さんの集会宣言のあと、5時からパレードに出発した。結集した2000人の参加者は手に手に風船や思い思いの手作りのプラカード、巨大なかかし、人形など様々なつくりものを持ち、また北九州の餓死の実態を表現するおにぎりの頭飾りやプロレスマスク、着ぐるみなどの格好をしてこの社会の貧困と不公正を全身で表現して歩いた。多数の参加者がムシロ旗やたくさんののぼり旗を林立させながら歩いた。太鼓などの鳴り物も多数活躍し、ビートの利いたサウンドカーの音に合わせて叫ぶ「しごとをよこせ!」「カネをーよこせ!」などの訴えは沿道の人々の注目を浴びた。
「反貧困“世直しイッキ”大集会垣根を越えて、つながろう」
集会宣言 |
私たちは、今日ここに「世直し」のために集まりました。
どんな世を直すのか。
それは、人が人らしく生きられない、人間がモノ扱いされる、命よりもお金や効率が優先される、貧困が広がる、そんな世を直すためです。
どうやって直すのか。
それは、一人一人が声を上げ、場所を作り、それによって仲間を増やし、守られる空間をつくり、一人じゃないことを確認し、そして相互に垣根を越えてつながっていくことで直します。
私たちの社会は今、間違った方向に進んでいます。私たちはそれを直したい。それが、私たちの責任です。「自己責任」などは、決して私たちが取るべき責任ではない。私たちには私たちの、市民には市民の、責任の取り方がある。
いま、日本社会は大きな岐路に立っています。
労働者をいじめ続けるのか、人間らしい労働を可能にしていくのか、社会保障を削り続けるのか、人々の命と暮らしを支える社会にするのか、お金持ちを優遇し続けるのか、経済的に苦しい人たちへの再分配を図るのか、生存権を壊すのか、守るのか。
たちの選択は決まっている。私たちは、人間らしい生活と労働の実現を求める。
選挙が近い、と言われています。政権選択の選挙だと、言われています。
しかし、私たちが求めているのは単なる政権交代ではない。日本社会に広がる貧困を直視し、貧困の削減目標を立て、それに向けて政策を総動員する政治こそ、私たちは求める。
そのためにはまず、労働者派遣法の抜本的改正が必要である。また、社会保障費2200億円削減の撤廃が必要である。
かし、それだけでは足りない。雇用保険、就労支援、年金、医療・介護、障害者支援、児童手当・児童扶養手当、教育費・住宅費・子ども支援、生活保護、あらゆる施策の充実が必要である。この国ではそれらが、貧しすぎた。政治は、政策の貧困という自己責任こそ、自覚すべきだ。道路を作るだけでは、人々の暮らしは豊かにはならない。
そしてその上で、国内の貧困の削減目標を立てるべきだ。貧困を解消させる第一の責任は、政治にある。
私たちが「もうガマンできない!」と声を上げてから一年半。私たちは着実に、仲間を増やしてきました。私たちの仲間はすでに全国各地に存在し、分野を越え、立場を越え、垣根を越えたつながりを作り始めている。
小さな違いにこだわって、負け続けるのはもうたくさんだ。敷居を下げ、弱さを認め、弱さの自覚の上に、強い絆を作る。それが、私たちの運動であり、私たちの世直しだ。
声をあげよう。
居場所を作ろう。
仲間を増やそう。
一人一人が、もう一歩を踏み出そう。
そして、社会を変えよう。政治を変えよう。
もう一度言う。
私たちは、垣根を越えたつながりを作ろう。
労働者派遣法を抜本的に改正させ、社会保障費2200億円削減を撤回させよう。
貧困の削減目標を立てさせよう。
そして、誰もが生きやすい社会を作ろう。
それが、私たちの権利であり責任だ。
以上、宣言する。2008年10月19日、反貧困世直しイッキ大集会参加者一同。
利益目指さぬ仕事づくりを目指して
去る7月13日、大阪で、管理職ユニオン・関西、北大阪合同労組、北大阪商工協同組合、連帯労組関西生コン支部、釜ヶ崎パトロールの会が準備を進めてきた「関西仕事づくりセンター」の設立総会が行われた。資本の搾取・収奪、ピンハネに対抗する自前の労働者事業「仕事づくり」のスタートである。理事には、準備を進めてきた労組に、弁護士、精神科医も加わっている。ニュース《仕事づくり》(9月発行)から転載させていただきました。(N)
働くことについて、希望を持てる仕事を作ろう。派遣で働けば、期間の短いところでは一日単位の仕事で、明日の仕事があるか分からないと言う。働くことが、社会を構成し発展していくことになっていない。公的な社会保障(保険や年金)だけでなく、働く者の将来をも犠牲にして経済効率を追求している。
企業は、利益の追求のみで社会発展などは無関心である。今ある社会システムを壊しながら利益を吸い上げていると言ってよく、弱肉強食の極端に二分化された社会が到来しようとしている。紛争地域を見れば分かると思うが、社会システムが機能していないところでは企業活動は不可能であるが、社会システムの土体の上で銭儲けしているのに還元していない。
今、社会問題化している派遣業について、派遣会社のピンハネは制限なしである。派遣業が利益を追求すれば、何が起きるであろうか。収入はできるだけ多く、支出(賃金)はできるだけ少なくすればよい。さらに、必要な時にだけ働いてもらう。
働いてもワーキングプア、年収二百万円、仕事が無ければ無収入の派遣社員が発生する。派遣法が、低コストのために公的セーフティネットの圏外の労働者を意図的に作り出した。派遣法が出来て以降、派遣社員が商品として売られていく。派遣法が、現代版人身売買を合法化してしまった。派遣法を踏みにじり違法派遣をする者(業者や公的組織も含めて)も現れ、働くことが大変つらい時代である。
多くの共感を得て
そんな時、これではいけない、何とかしたいと思う人たちと話を進めていく中で、自分たちで仕事づくりをしましょう、活動を始めるにあたって方針を決め名前を「関西仕事づくリセンター」にしましょう、となった。具体的には、利益を上げることを目的にしない仕事づくりをする。自分たちで仕事を探し、働きたい人々に仕事を伝える。そういう方針でいくこととした。
利益を上げることを目標にしないので、不必要なマージンはいただかない。実際にかかった実費だけを経費でいただく。五%程度を予定している。もちろんこれだけでは足りないので、寄付や会費を募っていく。幸いご支援いただける会員にめどが付き、七月十三日に「関西仕事づくりセンター」の設立総会を開催することができた。今までに個人・団体合わせて八十名にご支援いただき、資料請求が約五十件、良いことだ、手伝いたいなどの声が寄せられている。今までに訓練として、チラシのポスティングやホームページ作成、展示販売、ミカンの摘果、トマトの収穫などを行ってきた。
この中で問題点の洗い出しや課題などを調査した。準備万端である。NPOの申請を済ませ認可を待っているところだ。派遣法が、さらに自由化されていくのか、あるいは規制の方向へ向かうか不透明である。日雇いは規制の方向へと伝えられているが、本質的な解決には程遠い。関西仕事づくりセンターへのご支援をお願いする次第である。
連載
鹿児島のホームレス支援と行政の現状
そして「新しい公共」とは(3) |
当時の「鹿児島市におけるホームレス保護の現状」が、山口祐二氏によって報告されている。
それによれば、鹿児島市でも95年頃からホームレス生活者の姿を多く見かけるようになり、99年くらいまでは、他都市と同様に病気で入院してからの生活保護の相談と申請で、年に数件の生活保護申請にとどまっていた。しかし、2000年3、4月の病院からの申請者に結核罹患者が相次いだことで、急遽関係機関が協議し、保健婦とケースワーカーがチームを組んで巡回相談を開始。ボランティアの協力もあって、4月から7月までに40世帯が生活保護開始となり、その後も申請が相次いだとのことであった。当会の芝田事務局長が、鹿児島市のホームレス生活者への生活保護適用状況について2003年の厚生労働省の調査報告を引用して、他都市と比較しても抜きん出た数字と居宅保護の割合が著しく高いことを指摘したが、現在でも2000年当時の鹿児島市福祉事務所の対処が基本的に継承されてきた結果でもあるだろう。
★ ★ ★
こうして我々の過去3年の活動の当初から、幸いにして鹿児島市では、居所である路上等から生活保護申請が可能であった。例えば、「鹿児島市山下町中央公園」とか「鹿児島市加治屋町維新館そば」などの居所で申請することができる。ただ、以前は、生活保護認定まで一月位かかる例がみられたりもしたが、昨年はじめあたりからは、ほとんどの事例で迫扱い(第4条3項)により、申請から数日の内に保護開始決定されるようになった。
また、アパート入居についても支えあう会の関係する篤志家の不動産業者の存在もあり、ほぼ保護開始決定と同時に入居が可能となっている。したがって、申請から数日(最も早い例で翌日、多くの場合が3〜4日)で入居に至ることができている。ただし、一時保護施設等の施設はないので、この間は路上待機である。また、申請時の一時金については、保護開始決定前の緊急貸付は行われていない。ただし、数日内に開始決定が出るため、その時点で一時金が支払われる。
こうして大半はスムーズに運んでいるが、いくつかの例外もあって、毎週定期のオニギリ会での相談から自力で申請に行った、車上生活者のMさんの例では、女性のケースワーカーであったが、「相談」の段階で4回も、「出身地(福岡)に帰ったら」等々と帰されていて、5回目に「支えあう会」メンバーが同行してようやく、それまでとは別のケースワーカーが申請書を出してきた。(つづく)
堀之内洋一(NPO法人かごしまホームレス生活者支えあう会)
|
大野 和興(農業ジャーナリスト、脱WTO/FTA草の根キャンペーン事務局長) |

| 減反と米価低落で米づくりをあきらめ、杉を植林した田んぼ |
揺れ動く解散時期。しかし総選挙が間近なことはまちがいない。07年7月の参院選挙で民主党が地方票を取り込み、大勝したのを受けて、各党とも農業政策に力を入れている。そこで今回は農村票をどう取り込もうとしているか、各党の政策を点検してみた。
◆自民党
前回の参院選で、農村部を抱える1人区で自民党は民主党に大敗した。このときの自民党と民主党対決となった農業政策はどううものだったかをまず整理しておく。
自民党は農業に国際競争力をつけるために大型経営に政策を集中するという「改革」路線を打ち出した。補助金の対象を大型経営(個人・法人・集落)に絞り、限られた層を対象に経営所得安定対策を講じるとした。コメに加え、自給率が極端に低いムギ、ダイズ、テンサイ、でんぷん原料用バレイショを対象に、過去五年間のうち価格が最高だった年と最低だった年を除いた三年間の平均収入を、その年の収入が下回った場合、その差額の九割を補填するというものだ。コメをのぞく四品目については、市場への販売価格が生産コストを下回った場合は、その差額を生産者に直接支払う。
ではどれだけの農民がこの政策でカバーされるのか。農林水産省が07年8月3日に公表した数字によると、経営所得安定対策でカバーされるのは、コメの場合作付面積の26パーセントに過ぎない。大多数の農民と農地は農業政策の対象から外され、裸のまま国際競争の渦中に投げ出されることになることを、この数字は示している。参院選挙で負けた自民党は、いろん条件を緩和して農民の関心を引こうとしているが、村を歩いて農民の話を聞く限りでは、自民党への信頼は戻っていない。
◆民主党
民社党は戸別所得補償制度を参院選の政権公約に掲げ、選挙で大勝した。今回の総選挙で勝って、この制度を実現すると言うのが、今回の農村部における民主党の政権戦略の柱だ。その骨子をみると、コメ、コムギ、ダイズ、ナタネの四つの主要作物を軸に、標準的な販売価格と生産コストとの差額を補償するとしている。国と自治体が定める生産目標数量に沿って生産する販売農家はすべて対象となる。同党はこの制度運営に要する財源として1兆円を想定している。
民主党の政策は、グローバル化のなかで価格低落におびえる農民層にとりあえずセーフティーネットをかける効果があることは確かだ。コメを含め生産コストは所得補償の形でまかなう、つまり営農と暮らしの再生産を守るという、政府与党の政策にはない歯止めがかかっているからだ。だが、セーフティーネットがあればなんとかなるほどいま農業と農村が置かれている現実は生易しくはない。WTOやFTAを推進し、農業を含むあらゆる部門を自由化して世界市場で勝負するということについては、自民党も民主党も変わりない。
しかし民主党の場合、新自由主義的政策を修正しないとつじつまが合わなくなる。日本の場合、グローバル化が進めば進むほど、安い農産物が海外から押し寄せ、農産物価格は低落する。その状況に対応して、農業の生産コストを補償する政策を続ければ、政策コストがどこまでも膨れ上がることは必至だ。こうして争点は、新自由主義にもとづく政策をどこまで修正できるのかというところに移る。
◆日本共産党
08年3月、日本共産党は「農業再生プラン」と題する政策を発表した。食料危機が世界を津波のように襲ってきた時期にあたる。その柱は農産物の「価格保障・所得補償の充実」である。とくにコメについては「不足払い」制度の導入を具体的に打ち出した。
その仕組みはこうだ。過去3年間の平均生産費(04〜06年では1俵平均1万7000円)を基準に、その年の米価が基準額を下回った場合は、差額を「不足払い」する。産地や品質を考慮しながら生産コストを保障する仕組みであると説明されている。
この「不足払い」に加え、水田の持つ国土・環境保全の役割を評価して10アール当たり1万円程度の直接支払いを行う。1俵当たり1000円程度になる。この両者をあわせ、1俵約1万8000円が」農家に補償される勘定になる。
以上のような価格政策を敷く一方で、現在の自由貿易一辺倒のWTO(世界貿易機関)を改め、輸入規制や価格保障などの政策を各国が自主的に決定できるよう、WTO農業協定を根本から見直すことを主張している。同党は「食料主権」という言葉で、そのことを表現している。
◆社民党
社民党は08年9月23日、「瑞穂(みずほ)の国の農業再生プラン」と、それを補完する「「田んぼの底力(そこぢから)を活かす農業改革法」を発表した。その柱は「所得補償」で、コメ・麦・大豆など主要作物について「すべての販売農家を対象に生産費と販売価格の差額を補てんする」というものだ。
また。対外的には「食料主権を最優先し、WTO・FTA(自由貿易協定)政策の見直し」を掲げた。また、95年から自由貿易政策の流れに沿って、コメの部分自由化ということで導入されたミニマム・アクセス米については、共産党、社民党ともに廃止・中止を打ち出している。
社民党の政策の特徴は、「減反廃止」を明確に打ち出していることだ。では現実にある「コメ余り」をどうするのか。社民党の提案は@小麦の20%を米粉、飼料の30%をコメ・イネに置き換え、自給する、A現行の100万トンを上限とする備蓄制度を300万トンに増やす、B学校給食の米飯化を進め、パンも国産米粉パン・めんに変えるーなどだ。
◆崩れる三つの農村集票マシン

07年7月の参院選では、農協の組織候補のポスターで
農協の建物は埋まった(写真は全国農協中央会事務所) |
それにしても、農村選挙も大きく変わった。農村票はこれまで三つのルートで自民党に収斂されていくとされていた。農協、土建業、郵政である。郵政のいっかくは民営化でつぶれた。農村の集票機構として最も有力だった土建業は、公共事業削減でもはや選挙どころではない状況に追い込まれている。
では農協はどうか。本来は自由な個人の集まりである協同組合のはずの農協だが、日本の場合、国家が上からつくるぐるみ組織として出発、政府の政策の導入管としての役割を果たしてきた。農家が全戸加入する巨大組織農協は、選挙における票の見返りに米価引き上げと農業補助金獲得を実現、自民党集票マシンとして名をはせた。だがいま、集落の共同性は消え、WTO体制の下で一国単位の農産物価格支持政策は自由貿易を妨げるという理由で排除され、政策として成り立たなくなった。公共事業と並んで農業補助金も削減の標的となっている。良くも悪くも村を政治的に縛っていた枠組みが崩れたいま、大きく流動する農村票の行方はほとんど予測不能の状況にある。
いったいどこがこの流動する農村票を獲得するのか、総選挙の隠れた争点がここにある。
わたしの住む秋田県では9月下旬から10月上旬にかけて、稲刈の真盛期だった。水不足が心配されたがそれほどの被害も受けず、晩夏から秋口に次々と日本を襲った台風も秋田を避けて通り抜けたので、ことしの稲作は作況指数102のやや良となった。青空の下で波打っている稲穂が黄金色になった豊作は、農民だけではなく秋田で暮らしている人たちの気持も豊かにする。
だが、能代平野で稲の収穫作業をしている知人の高橋良一さん(63)の表情には、満足感がなかった。専業農家として2・2ヘクタールに作付をし、40数回目の刈り取りをしているが、「豊作は嬉しいが、収支はトントンか、利益がでてもほんの少しです。どこの家だってそうだよ。新しく機械を入れ替えた家は、大赤字です」と言う。田んぼでは黄金色の稲穂が豊作を伝えているのに、米価の下落で稲作を主力とした農家の収入は減り続けている。
1957年の生産者米価は60キロ=4、129円だった。ところが、1994年は16、192円で4倍の値上がりとなった。しかし、1957年の地方公務員の初任給は9、200円だったが、1994年には179、200円と約19倍の値上がりになっている。日雇い労賃や理髪料は、約20倍の値上がりである。農家が汗水を流して生産した米価・乳価・リンゴ・豚肉などは、4倍前後の価格に抑えられている。
こうした米価の落ち込みが、どんな影響を農家におよぼしているのだろうか。ここに一つの資料がある。
「米どころ秋田県内でも多収地帯で、反収六百キロ以上が取れる平坦な美田で、『田圃』に賭ける農家の意気込みは満々たるものがあった。『ぼろを着粗食に甘んじて節約して金を貯え、田圃を広げたい』のが農家の夢であった。
ところが、減反が二割に増え、三割に増え、米価も据え置きから値下がりが続くと、田圃を所有する魅力がガタ落ちとなり、かつて一反歩二百五十万円から三百万円が相場であったのが、今は二百万円以下に下落した。県内の農協の中には負債整理委員会を設けて組合員の負債整理を強行しているところもある。負債農家の多くは田圃を売るしかないと追い込まれ、売りに出しているが売れない。財産価値も利用価値も下落した田圃は更に値下がりし、六百キロ取りの美田が一反歩八十万を切るまでになっている。減反政策三十八年にして、稲作農家の経済価値は七十パーセントも落ち込んでしまった。標高二百メートルから三百メートルの中山間地は更に酷しい荒廃が進んでいる」(高橋良蔵「村の疲弊、困憊の政治責任を問う」)
10000円の低米価に泣く農家の困窮と、農村の衰退ぶりを、80歳を越してもまだ農民であり続ける高橋良蔵さんは、「農村の崩れゆく衰退ぶりは、筆舌では説明できない掛け値なしの危機である」と指摘している。だが、国は担い手不足の解消と経営の効率化などを目指し、集落営農と大規模農家の重点支援に力を入れている。小規模農家の切り捨て政策である。
10月上旬の1日、旧知の農家がことしでコメづくりをやめるというので、稲刈の手伝いにいった。いまは年金暮らしだが、半世紀以上にわたってコメづくりをしてきた。山間部なので経営規模は60アールと少なく、そのうち減反は19アール。山村の典型的な小規模兼業農家として生きてきたが、ことしで74歳と70歳になった。農機具や肥料その他の諸経費を引くと赤字になるうえ、体力的にも限界を感ずるようになったので、この秋でコメづくりに幕をおろすことにしたのだという。
その日は晴天だった。長年使い古した2条刈で刈り取っていく。籾が袋に詰まると、畦道まで運ぶ。整備を重ねてきた中古の機械の音が、老夫婦のコメづくりの苦労の歳月を感じさせた。手伝いに行ったもののこれという仕事もなく、知人が運転する機械の後をついて歩き、ときどき大声で話をした。収穫の喜びが体全体にあふれていた。3人の子どもはそれぞれの道を歩み、一緒に暮らしていないのでもちろん後継者はいない。
旧知の家があるのは30戸ほどの集落だが、ことし限りでコメづくりをやめるという家が他にもあるという。コメづくりで赤字になるのと、高齢化が原因だ。どの家にも後継者がおらず、集落営農による集団体制に移りたいと思っても、さまざまな手続きなどを率先して行うリーダーがいないのだ。旧知の田んぼは来年からつくらないので、代わりに耕作してくれる人をさがしているがまだ見つかっていない。2年前にコメづくりをやめた家の田んぼは雑草が生えているが、「俺の田んぼもああなるのかな」と言う旧知の声は寂しそうだった。
農業不振は地域の崩壊につながり、やがて自然の破壊に進むのだが、東京の霞が関のビルの中にいたのでは、この切羽詰まった農村の現実は見えないだろう。
|