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第7号(2009/1/1)●7面 HOMEへ |
彼は外交は力でなく対話でと言ったが、イラクからは撤兵しても、アフガンはテロとの主戦場として増派する。 かつてない経済危機の克服を公約の第一として訴え、アメリカ初の黒人大統領となった。彼はブッシュの新自由主義と訣別して、1930年代の大不況のときルーズベルト大統領が採ったニューディールを踏襲する。それもインフラの整備などだけでなく、労働者の95%の待遇改善、国民皆医療保険、さらにグリーン・ニューディールと呼ばれる太陽光発電や風力発電などである。 だが、ルーズベルトは結局大不況を克服できず、1929年の大恐慌前の失業率に戻ったのは何と太平洋戦争開始後2年の43年であった。このため背景にあるケインズ理論の誤りが言われた。 しかし、彼の『一般理論』を読み直すなら、単なる公共投資ではなく、不、生、産、的、な公共投資なのが注目される。彼はいう。壷に紙幣を詰めこんで廃坑にぶちこみ、さらに都市のガラクタを投げこんでいっぱいにする。そうしたあと、これを掘っくり返すのである。それ自身はまったく無意味な仕事だが、雇われた失業者たちは今まで買えなかった消費財を買えるようになり、消費財部門からさらに生産財部門も息を吹き返すという波及効果になる。 不生産的な投資の例としてピラミッドの建設、さらに地震、戦争が挙げられる。弾丸道路やダム建設で生産力が高まると、有効需要に対して生産力が高すぎて不況だったのが一時的な回復の後は前にも輪をかけた不況になる。そうした建設は無限に続けることはできない。その点、戦争―軍需だと、鉄砲だまはぶっ放せば返ってはこない。 この点にニューディールの問題点があったのである。大不況からいち早くたち直ったのが真っ先に軍拡に乗り出した日本とドイツだったことは特徴的だった。 廃坑掘りやピラミッド造りが戦争に変わるだけの話である。 公共投資により現在すでに数千億ドルの財政赤字(と経常赤字)はさらに大きくはね上がる。それを増税に頼らないとすれば赤字国債↓インフレは必至である。ドルのさらなる暴落は避けられない。 それはアメリカだけでなく、世界の経済をもさらに破局的なものへと追い込むことになろう。当然日本のそれをも。 新年早々めでたくない(革命への一里塚でめでたい?)話になったが、資本主義である限り、ケインズが救いの神として持ち出す国家には当然力の限界があるのだ。 恐慌、そして戦争は、資本主義の諸矛盾の集中的な爆発であると同時に、暴力的な調整である。
昨年の田母神航空幕僚長の論文をめぐる政治の反応、国民の反応、自衛隊の実態などが年があけても心から消えぬばかりか、一層気にかかります。 本来なら田母神航空幕僚長は、憲法第9条違反、自衛隊法第61条違反として、懲戒免職処分とされるべきものです。それが退職扱いとされ莫大な退職金まで支給されるということは、とんでもないことです。このことから考えられるのは、政界に田母神的考え方が一般化しているのではないかと思われること、世論もまたこれを容認する状況にあるのではないかということ、更に自衛隊自体にこれに同調する傾向があるのではないかということです。 基本は日本国憲法が軽視され、機能していないということです。 考えてみると日本国憲法が公布されて61年、憲法が基本法として、まともに扱われたのは僅か3〜4年、1950年に朝鮮戦争が勃発するや、日本国憲法誕生に大きくかかわったというよりは、むしろ主導的役割を果たしたGHQのマッカーサー総司令官の一片の指令によって警察予備隊という名の軍隊が創設され、日本は再軍備に踏み出し、以来アメリカの強い要求のもとにひたすら軍事国家の道を歩み、今や世界有数の軍事力を持つ国になりましたが、この過程で憲法の人権にかかわる規定をはじめ諸条項が骨抜きにされてきました。
一世紀振りに、また再び、1917年10月ソヴェト・ロシア社会主義大革命期の偉大な革命詩人マカロフスキーが『われらの行進曲』に記した、「左へ!左へ!左へ!」の再高唱を! 小生個人としては、この世界信用恐慌の大到来は、一休禅師のいわゆる「正月や冥土の旅の一里塚、嬉しくも有り、嬉しくも無し」であって、悲喜こもごもの「大厄年」の現出であり、日高晋、太田一郎の両学友から都留重人、加藤周一両先輩に到る30数名もの敬愛する知友たちを、まさに一挙にこの世から奪われてしまった年に当たってしまうことになってしまった。 さて、この新たに大到来してきた2009年度の時あたかも、かのチャールズ・ダーウィンが、1859年に画時代的な名著中の名著『種の起源』を出版して150年、その生誕200年の記念の年に当たっている。 人類文明史を画すことになったダーウィンの〈自然淘汰〉の原則的理論は、(1)生物にはたとえ同じ種に属していても個体ごとに変異がある、(2)その形質の差異の裡には環境と適任する性質がある、(3)そのような変異の裡には、生物の生存・繁殖に特質を与えるものがある、その観察事実から〈進化論〉の自己認識こそが、最終的に二つの重大な問題――その一つは「生命の起源」、もう一つは、「種自身の起源」――へと行き着く。このダーウィンが、ガラパゴス諸島での観察・探求した〈進化論〉の大考察は、必然的・不可避的に、ただ単なるエンドレス・メカニズムをたどるのではなく、人間を含むすべての生物をひっくるめることになり、ここが西洋の中世キリスト教以来の伝統的・伝来的通説と鋭く対立するものとなって、近代(モダーン)の画期的な学知の創成へと巡り来ることとならざるを得ない。 進化論の人類史への適用からすれば、農耕文化の上に登場した弥生時代以降の階級社会の社会構成体の発展史の生命活動が、終えんを告げていると見なすこともできる。無階級社会であった縄文時代の再来として、「第二の縄文時代」への人類史の壮大な大過渡期へと、アメリカ発の世界信用恐慌にゆれる全地球の人間は進んでいくであろう。 (長文のため、編集部の杉本一平がその一部を要約して紹介しました。)
過去に一度でいいから、職を追われて途方に暮れたり、食事もカネもなく、空腹を水をがぶがぶ飲んで堪えた経験を持っている人だったら、彼たちの痛みや苦しさがわかるだろう。あの時の苦しさや痛みを、二度と体験したくないと思い、懸命に生き続けてきたことだろう。だが、いま世界では、そして日本では、多くの人たちが大企業の暴力ともいえる雇用削減のため、二度と体験したくない経験を多くの人たちが受けているのである。 昨年の後半から世界金融危機に端を発し、あっという間に国内に広がった雇用削減の暴風は、昨日は南で何百人、今日は北で千人という形で派遣切りが吹き荒れている。大企業がこの危機を乗り越えるために、もっとも安易な雇用削減で対処しているからだ。これまで企業の繁栄を支えてきた多くの労働者たちは職を失い、住む場所もなく食もなく、寒風の中で身震いしながら生きている。企業は自分たちが生き延びれば、あとはいいのだ。政治家もまた、寒風の下で苦しむ人たちを放置したまま、本格的な対策はとろうとしていない。しかも、正月が終わると最悪なこの状況から脱出できるという希望はゼロに等しい。 内閣府は暮れに、09年度の実質経済成長率をゼロ%とする方向で調整に入ったと報道されていた。実質経済成長率はマイナスということである。新しい年はどんなに落ち込んでいくのか、皆目見通しが出来ないということだ。新しい年にも望みなど持てず、ますます悪くなるということだ。絶望の中から希望が生まれると言われても、体や心が不況に蝕まれて力を失っては、その頑張りも難しい。 ことしは近年にない厳しい新年である。雇用削減の嵐にさらされて苦しむ人たちに思いをはしらせ、正月が過ぎるとまた自分なりに動きたい。
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