第7号(2009/1/1)●4-5面
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●新年特別企画

沖縄から世界大変化の中の
日米安保を問う(第二弾)

安次富 浩氏に聞く
安次富 浩
あしとみ・ひろし

海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会(通称・ヘリ基地反対協)代表委員
09年も辺野古に
駆けつけて欲しいし、
共に日本を変革しましょう
 1996年、日米両政府はSACO(日米特別行動委員会)の主柱として普天間基地の代替施設をキャンプ・シュワブ先の海上基地建設に決定した。97年、沖縄・名護市では「大事な事はみんなで決めよう」と市民が立ち上がり、同年12月21日の市民投票で「海上基地建設NO!」の意志を示しました。その後、名護市民の意志は無視し続けられてきました。この新基地建設は、04年4月、防衛施設庁(現防衛省)による海上基地建設に向けたボーリング調査の実施に対し、住民の身体を張った闘いで阻止され、06年の米軍再編計画でのキャンプ・シュワブ沿岸案(V字型滑走路)へと中身を二転三転しながらも、今日まで続いています。
 昨年末の12月20日、名護市民投票11周年行動として海上デモが行われ、陸上での座り込み行動も続いています。
 09年へ、辺野古の闘いの今後について、安次富浩さんにお聞きしました。編集部

日米両政府と闘い、
新基地建設の杭一本打たせず

名護市民投票から11年、04年4月から始まった辺野古のボーリング調査に対して、1年半に及ぶ海上、陸上での座り込み闘争の勝利を得て、4年が過ぎました。今、辺野古では2014年開港に向けて、07年の環境アセス法違反の事前調査に続き、昨年3月末から環境アセス法による杜撰な方法書に基くなりふり構わぬ違法・不法な環境概況調査が強行されています。
この11年間、日本政府は「アメとムチ」を使い分け、地域共同体に亀裂を持ち込み、住民に苦しみを与えてきました。今回、中将海上保安署を保安部に昇格させ、警備担当職員の増員、巡視船・ゴムボートの増強、そしてキャンプ・シュワブ内にゴムボートの船着場などを造り、米軍庇護のもと環境調査に抵抗する住民闘争への弾圧体制を強化してきました。海上保安庁長官は、海上保安部昇格レセプションにおける来賓祝辞の中で、増強理由を辺野古海上闘争への対策と言明したことを裏付けています。
 ご存知のように、事前調査では砲門をもつ海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」を投入し、ウチナンチュを恫喝をしましたが、今回の調査には「海猿(海上保安庁)」を投入して、弾圧の機会を狙っているのです。
 私たちは海上保安庁の弾圧にひるむことなく、浜での座り込みと海上における抗議・監視活動を毎日続けています。

新基地計画は、
巨大な軍事要塞だった

 「米軍再編」の名のもとで名護市との間で合意した「辺野古V字型沿岸案」は、米国サンフランシスコ連邦地裁に提訴していたジュゴン訴訟によって、日本政府(防衛省)が県民や名護市民に説明していた内容とは全然違った代物であることが判明しました。米国防省は日本側の環境アセスに疑問をもち、供用開始後の全責任を米軍側に押し付けられるのではという危惧を抱いています。米国防省がジュゴン裁判の過程で裁判所に提出した資料を和訳したところ、国防省から防衛省(当時は防衛施設庁)あての文書にとんでもない内容を含んでいました。方法書の中で「米国と協議中」と記述し、内容を明確にしなかった部分です。
 たとえば、燃料桟橋の他に214mの埠頭(岸壁)の設置要求、普天間基地にはない3基の洗機場(潮風で錆びないようにヘリ機などを洗う所)、燃料タンク(普天間基地などにはパイプラインが敷設されている)、辺野古弾薬庫から戦闘機などに爆弾などの実弾を積載する装弾場設置などです。これらは、何を意味するかといえば、日本政府は常日頃「ヘリポート基地」と説明していますが、1600メートルの滑走路が艦載機のタッチアンドゴー訓練を可能にし、燃料タンクや弾薬庫を備え、(潜水艦も入れるような大浦湾)軍港としても使用できる埠頭など、普天間基地以上の機能を強化した巨大な軍事要塞です。このことは厚木基地から岩国基地への移転予定の艦載機が沖縄と連動することになるのです。日本政府は「民家の上空は飛ばない」と名護市民に嘘をついてきたのと同じで、アメリカ政府と密かに軍事要塞建設計画を協議していたわけです。しかも2014年までには欠陥機M・222オスプレイの配備も予定しています。どこまでウチナンチュをなめるのか。絶対に許せない。

国際自然保護連合(IUCN)が
ジュゴン保護の勧告

 こうして、日本政府は基地建設のために環境現況調査を辺野古・大浦湾海域で強行していますが、日本の環境アセス法では限界性を持つため、市民や専門家から厳しい批判と抗議の声が大きくなっています。
 専門家に言わせれば、ジュゴン生態調査でも1年や2年の調査で実態把握ができないと言明しています。防衛省は県環境影響評価審査会から海洋生物などは複数年の生態調査が必要という指摘を無視し、強引に一年間の調査とし、仲井真県知事も妥協する始末です。2014年供用開始に向けて環境アセスを早く終わらせようとしています。ウラ情報では、防衛省が1月末で環境調査を終了させ、3月末には準備書の提出を描いていると言われています。生物多様性が展開する大浦湾の生態系を把握するには、複数年の調査が絶対に必要です。
 それから、これは今までに例のない画期的なことですが、08年の秋、スペインのバルセロナで開かれた国際自然保護連合(IUCN)の総会で、国の天然記念物、国際保護動物であるジュゴンの保護を求める3度目の勧告が圧倒的な賛成で採択されました。この勧告内容には、@2010年の国連「国際生物多様性年」までにジュゴン保護の推進A新基地建設に関連して日米共同の環境アセスメントとジュゴンへの影響を最小限にするための行動計画の作成、B日本政府に対して新基地建設撤回を含むあらゆる選択肢を、研究者やNGO団体と協議し、アセスを行うように求めています。日本政府は国際自然保護連合(IUCN)に加盟しているわけですから、この勧告にそってジュゴンを保護する義務があるのですが、勧告の死文化に躍起となっています。
 欧米ならば環境の重大な影響を与える事業(建設工事)であれば建設計画にストップ(ゼロオプション)がかかります。これが本来のアセスです。日本のアセス法は欧米並みの国際基準に合わせていくことが必要で、環境派の弁護士さんにもその考えがあると言われています。野党勢力が多数を占めている国会で、ゼロオプション(計画中止)を持つ環境アセス法の改正が実現できれば、辺野古の闘いに生かせるかと思います。
IUCNで絶滅危惧種と指定されたアオサンゴの群落が、大浦湾や石垣島の海で発見されており、それらを保護する条例つくりも視野にいれて、ジュゴン保護とドッキングしつつ、「生物多様性国際年(略COP10)」が開催されます。192ケ国が加盟するこの国際会議の議長国は日本で、この会議に注目していく必要があります。

09年へ、闘いの組み立て

 09年1月、オバマ新政権が発足するわけですが、新政権は単独行動から国際協調へとシフトをとらざるをえません。マイケル・ムーアが彼のブログで金融危機に対して「富裕層にバクチの付けを払わせろ」と主張していることに注目しています。オバマのチェンジ(変革)キャンペーンがアメリカ市民の支持を受けたことは、アメリカ市民も「ブッシュ政権の継続ではアメリカがやばい」と判断したのでしょう。白人優位主義が続いてきたアメリカで、マイノリティ出身の大統領というのは画期的なことといえます。
 沖縄から見れば、このアメリカ市民の変化を好機とし、ブッシュ政権に言いなりになってきた日本の社会も変革していく必要があります。
 この新しい変化を受けながら、今後の闘いの組み立てとして、一つ目は環境問題です。前述した点が基本となります。米国民主党は共和党と違って環境政策に積極的です。元副大統領ゴア氏を沖縄に招待したいですね。『不都合な真実』でノーベル平和賞を受賞したひとですから。辺野古―大浦湾にかけての美ら海を見てもらって、新基地建設が正しいのか判断してもらいたいですね。

米軍思いやり予算

 二つ目は、米軍への「思いやり予算」です。思いやり予算が始まって、2008年で30年が経過し、当初69億円であったのが、今年度予算では2080億円を超え、30年間で5兆1千億円が費やされました。辺野古への新基地建設費用は全額日本側負担で、海上基地建設では1兆円余りの経費と元小泉首相は国会答弁しました。一方、在沖海兵隊8000人のグアム移駐に関して、グアム基地建設のインフラ整備費用なども8千億円が日本側の負担で、最近になってアメリカ政府は経費負担の増額を要求しています。私たちが支払った税金が米軍基地建設に使われる。こんな不条理な予算の浪費を許せますか!
 また、国防総省が04年に公表した「同盟国の(米軍への)貢献度」では、日本を除いた英国、イタリア、韓国などの駐留米軍への支援経費を支出している同盟国の合算額は、日本の支援経費以下です。つまり、日本は同盟国の駐留米軍経費の50%以上の負担をしていることになります。米国にとって、こんなおいしい国は世界でも日本だけです。だから、在日米軍が日本から撤退するはずがありません。これこそが対米従属関係の典型例です。
 アメリカ発の世界的金融危機が世界同時大不況を引き起こし、日本でも派遣労働者の解雇問題が社会問題として浮上しています。早急な雇用対策、医療・福祉対策が求められている日本で、米軍への思いやり予算を計上する余裕があるはずはないでしょう。この矛盾を国会などで追及すべきです。
 関連する問題で、名古屋高裁における自衛隊イラク派兵差し止め訴訟の違憲判決は、沖縄の反基地・平和運動が憲法前文で保障されている平和的生存権の確立に向けた闘争であると再確認しました。在日米軍基地の75%が沖縄に集中していること自体が、日米両政府によってウチナンチュの平和的生存権を脅かされているのです。憲法9条で規定している戦争放棄と非武装の理念からみても、米軍基地が戦後60年あまりも常駐し、その在沖(日)米軍がアジアにおける様々な戦争に出撃し、それを容認・協力する政府の外交政策は戦争の加担者であり、明確な憲法9条違反です。自衛隊の存在がアジアの平和にとって脅威であり、米国との同盟重視の日本外交では、アジア諸国から信頼されるはずがありません。主権者である国民が、国の専管事項とする外交・防衛政策をチェックし、対米追随・従属関係を維持する自公政権からの脱却を考えていかねばなりません。

アメリカに20人ほどの代表団を

 3つ目には、アメリカや国連に沖縄の声を届けることが大事だと思います。実は「命を守る会」の賀陽のオジーが大統領選のさなかに、オバマ候補に辺野古新基地建設を止めるよう手紙を出しました。この流れを活かして、アメリカ政府や国連に辺野古新基地建設反対の直訴も必要だと思いますね。沖縄から20人ほどの代表団をワシントンに派遣してみたいですね。座間や横須賀、岩国の人たちも含めて米軍再編反対のワシントンでのデモをおこしたら面白いでしょうね。また、反戦闘争や自然保護運動を担っているアメリカ市民との交流も必要です。このような行動が開ける状況になりつつあります。
 それと、韓国、グアム、ハワイなど米軍基地に抵抗している世界各地の運動と連携していく必要があります。エクアドルでは米軍基地の撤去が国会で承認されています。アジアでもフイリッピンと同じように米軍基地返還を実現してゆきたい。普天間基地の無条件返還、辺野古新基地建設を阻止することが沖縄からアジアの平和を発信することにつながると思います。そういう展望を切り開けるかではないでしょうか。これからも在韓米軍反対運動の韓国市民との交流の強化がますます不可欠だと思います。

主体の自己革新をし、
新局面に対応する

 最後に、09年は衆議院選挙の年ですが、沖縄では米軍ヘリパッド建設反対の座り込みを続ける東村高江区住民に対して沖縄防衛局が那覇地裁に排除申請を出しています。
 高江住民への支援闘争が1月下旬より始まります。そして、3月下旬には辺野古新基地建設に向けた環境アセス法の準備書が沖縄防衛局から県環境影響評価審査会に提出されます。準備書に対する意見書提出行動、県環境影響評価審査会への傍聴行動を取り組みます。昨年7月、県議会の過半数を制する野党勢力が「辺野古新基地建設反対」の意見書を採択しました。衆議院選挙で野党勢力が過半数を制すれば、県議会と同じ状況が生まれます。民主、共産、社民党などとの提携を追求していく必要があるでしょう。
 2010年は、1月末の名護市長選挙から始まり、辺野古新基地建設に向けた環境アセスの最終段階(評価書の提出)とも重なり、6月の参議院選挙、秋には県知事選挙が続きます。10月の名古屋で開催される「COP10」総会において「新基地建設反対!ジュゴン保護」を求めるアピールを展開しながら、何とかして、仲井真知事の在任中における新基地建設の埋め立て申請を阻止したいですね。
 揺るぎないと称されていた自公政権が崩壊寸前になっています。面白い状況になってきました。私たちは11年間、日米両政府と闘い新基地建設の杭一本打たせずにきましたが、この新しい局面で、これまでの闘いの中で溜めてきたしんどさや矛盾に向き合い、問題整理し、討議を重ねながら主体の自己革新をし、新局面に対応して行きたいと思っています。
 09年も辺野古に駆けつけて欲しいし、共に日本を変革しましょう。

聞き手――編集部・生田あい



中国・シンセン東アジア平和フォーラムから

私たちは東アジア人になれるか
――国家と資本の論理を超える民衆の普遍性を模索――

 大野 和興(農業ジャーナリスト、脱WTO/FTA草の根キャンペーン事務局長)

農民たちの入国拒否に怒りの会見(G8サミットにて)

今回フォーラムの課題と性格

 最初のフォーラムは日韓シンポという形で東京とソウルで行われ、それは日韓連帯運動の流れに沿ったもので、具体的には、韓国民主化運動のなかで岩波書店が発行する雑誌『世界』に韓国民主化運動の苦闘のレポートを送り続けたTK生グループと岩波が主催の労を担った。
 それから10年、韓国からの再開提案が岩波に寄せられ、日本側はピースボート、庭野平和財団が協力して実行委形式で、2005年12月にソウルでプレシンポ、2006年10月に東京で、「日韓東アジア平和フォーラム」を開いた。共通テーマは「私たちは『東アジア人』になれるか」。
 今回のシンセンはそれに続くもので、はじめての日中韓フォーラムとなった。今回のテーマは「東アジアで共生社会は可能か」。開催に先立ち、東アジア平和フォーラム2008実行委員会東京委員会・ソウル委員会・北京委員会が連名で発表した「開催趣旨」から、今回のフォーラムの持つ課題と性格を整理すると、次のようになる。
 それは、「世界でもっとも経済成長」のもとで「東アジア経済は相互に強く結びつき、お互いを不可欠なパートナーとしつつある」という認識を述べた上で、三つの困難と課題を指摘する。
 第一は、「相互信頼が非常に弱い」ということ。「東アジアを形成する各国間に、複雑な政治的、軍事的な対立が存在」「それらは、ともすると各国のナショナリズムを刺激し、お互いへの対立感情を煽って、相互協力を困難」にしている。ここから「歴史と脱冷戦」という課題が。
 第二は、東アジアにおける経済成長がもたらす問題。東アジアでは各国間の経済的格差をはじめ、政治・社会・法システムの違いが大きいこと、さらに各国内でも経済格差が拡大、富の偏在や新たな分断が生まれ、人々の希望を奪い、社会を不安定化している。ここから「格差」という課題が。
 第三は、エネルギーと環境問題が東アジアで共通の問題になっているという認識。新たな紛争の要因になることも考えられる。
 フォーラムの報告と討論は、「セッション1」では「格差社会―現状・分析・対策」、「セッション2」では「脱冷戦時代―東アジアにおける相互信頼をどう築くか」、「セッション3」では「共生社会をつくる主体―地域・共同体・NPO」。このテーマを見てわかるのは、民衆側の東アジアへのアプローチも、理念やスローガンから具体的なプログラム構築の段階に入ったということである。

国家を超える論理と運動を

 平和フォーラム実行委員長の呉在植さん(韓国・アジア研究所代表)の開会講演は、民主化運動を闘いぬいた韓国知識人の洞察力と知性を十分に感じさせるものであった。それは、東アジアの人びとが国家のものでも資本のものでもない、民衆の東アジアをどうつくっていくかについての多くの示唆を参加者に与えた。
 「1988年のソウル・オリンピックは冷戦時代の崩壊を告げる前奏曲を奏でることになりました。その後、東西ドイツ境界の崩壊、ソ連の解体など、過去20年にわたり新自由主義秩序によって世界の歴史が変わってきました。そして1988年から2008年の間に、東アジアはすでに国境を越えた『経済としての東アジア』、『生活としての東アジア』を充分に経験してきています。日本の経済が東アジアに深く根付いていることはすでに目新しい事象ではありません。そして今や”made in China“無しの日常生活は不可能になりました」そして、「2008年の北京オリンピックはこのような新自由主義秩序に対する警告と新たな時代を開く複数の兆候を絡めつつ、新たな歴史を予告していると考えます」と今を位置づける。
 呉さんはこの「新たな時代を開く」主体として、NGO・市民活動家に期待する。国家を越える思想と実践を作り出すためには、「さまざまな地域の生活の現場で、国民や人民ではない”人“に出会い、彼らと格闘しながら国家の内側に国家体制を越えた普遍的空間を作って行くこと」が必要だからだ。
韓国の農民

それは次のような問題意識から発する

 「私たちが経験している挑戦は国家を越えて発生する普遍的なものであるという点です。同時に私たちの前に展開されている危機と挑戦は、私たちが合意しまた見守ってきた近代化、産業化、そしていわゆる新自由主義の秩序と制度に起因しているのではないかとの思いがあります。私たちは国家主義に興奮して国民を作り、理念にとらわれて人民を、市場に興奮して労動者を、また宗教に惹かれて信徒を作る過程の中で”人“を失ってしまいました」
 「市場は家族や村とは違い、労動力を失って労動価値を喪失した人々に対して人間的な対応をとってはくれません。新自由主義に立脚した市場の成長は人間の活気あふれる空間ではなく人間の貪欲を助長し、ひいては統制不可能な人間の驕慢をそそのかす根拠となりました」
 この状況を突破するには、国境を越えるしかないと呉さんは考える。
 「私たちは果して東アジア人になれるのかという問題です」「私たちは中国人、日本人、韓国人という”国民“アイデンティティをもってはいても、同時にある村(地域)の人間であり、なおかつ国境を超えて活動している普遍的市民なのです」
 国民国家は有効性を失った、国境を越え、ナショナリズムを乗り越える担い手は市民であり、その市民が手を結ぶことによって、”もうひとつの東アジア“がたち現れると呉さんは熱を込めて説く。
 「東アジア地域に平和空間を構築して東アジア市民社会を活性化させることが、帝国の力を相対化して私たちが望む共生の道へと進む鍵であることを確認することができます」

“もうひとつのアジア”がある

 この呉さんの提起を受けた上で今回のフォーラムを考えると、課題に「格差社会」が入ったことの意味の大きさが、あらためて浮かびあがってくる。それは、グローバル資本主義が東アジアを席巻し、それにアメリカ発の金融恐慌が重なって、地域全体が失業と経済の縮小に見舞われている、といった時代状況の反映だけではなく、それに立ち向かう市民の連帯の重要性を提起している。なぜならいま東アジアは呉さんの言うとおり「国境を越えた『経済としての東アジア』、『生活としての東アジア』を充分に経験してきて」いるからだ。
 同時にそのことは、「経済の東アジア」をつくりあげた資本の主導による地域共同体づくりが進んでいることを物語っている。2006年6月15―16日、東京で、「アジアの統合に向けた新しい枠組みの構築」(Creating a New Agenda for Asian integration)をテーマに世界経済フォーラム(WEF)東アジア会議が開催された。「アジアの統合―を正面から掲げたこの会議は、財界団体のひとつ経済同友会がホスト役となって開催したもので、東アジアを自由貿易地域とする方向が明確に打ち出された。
出稼ぎ労働者のこどもたち 北京の米肉牛丼屋

競争と対立ではなく、共生のアジアを

 この会議に向けて、日本の反グローバリゼーション市民運動組織である「脱WTO/FTA草の根キャンペーン」は、同じ日に「大企業と大国によるアジア統合に異議あり!」と銘打ったアジア民衆フォーラムを開催した。筆者は「誰のための『アジアの統合』なのか」と題する文章を、同フォーラム開催の呼びかけとして書いた。
 「東北アジアと東南アジアを包み込む東アジア共同体を構想しようという論議が政府や経済界を中心に盛り上がっている。WTO(世界貿易機関)が進める新しい自由貿易交渉ドーハ・ラウンドと平行して二国間・地域レベルのFTA(自由貿易協定)/EPA(経済連携協定)を結ぶ動きがいま東アジアでは広がっており、この流れを自由貿易地域形成に結びつけ、さらにその先に東アジア共同体をおくという構図である。こうした動きが出てくる背後には、東アジア地域が巨大市場として成長し、経済のつながりが急速に深まっている現実があることはいうまでもない」
 「しかしその一方で、より広く深い”もうひとつのアジア“が存在している。アジアの圧倒的多数の人々は、この”アジア“で生活している。日本でのそれは、リストラと成果主義賃金におびえる労働現場、衰退する地域と解体する農林漁業、などの形をとって私たちの周りを囲んでいる。アジアの諸地域では問題はもっと深刻である。貿易や投資の自由化が生む激烈な市場競争のなかで生存基盤を失っていく生活者・小生産者の存在が、都市でも農村でも目につく。大企業や公共事業に土地・水を奪われた農漁民のたたかいが各地で起こっている」
 私たちはこのフォーラムに、韓国、タイ、フィリピンの市民運動家を招き、次のように呼びかけた。
 「アジアの民衆、工場や田畑や海や山で働き、暮らす人々は、この資本の動きにどう対峙し、いかなる対案を用意するのか。そのことがいま私たちに問われている。この6・17シンポを、競争と対立ではなく、共生のアジアをめざす私たちの実践の第一歩としたい」
 私たちのアジアの反グローバリゼーション市民運動は、国家や資本の動きに比べれば小さく、歩みも遅々としているかもしれない。しかしいま、グローバル資本主義に破綻を目に前にして、その主張と運動の方向の正当性は誰の目にも明らかになってきた。平和フォーラムにおける議論は、そのことに確信を抱かせてくれた。


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