第11号(2009/5/1)●別紙
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―アセス準備書―
●ジュゴンを威嚇して「調査」
●5000ページもの準備書
●膨大な量の海砂を採取

辺野古新基地建設強行のための欺瞞だ!

「グアム移転協定」批准可決糾弾!廃案へ!
 沖縄防衛局は4月1日、政府・防衛省の米軍普天間飛行場代替施設建設に伴う「環境影響評価(アセスメント)準備書」を沖縄県、名護市、宜野座村にそれぞれ提出した。準備書には、飛行場施設の配置計画で方法書に記載されていなかったヘリパッドなどの施設が新たに追加記載されている。また、最低でも3年は調査しないとわからないジュゴンや海藻・草類の調査などもわずか1年、それも極めておざなりな形で打ちきられている事が明らかとなっている。これが2日より県内5カ所で公告・縦覧されているが、5400頁もありこれを1カ月以内に読めというのは、到底県民に理解を得ようというものではなく、基地建設強行のための策略としか言えないものである。
 こうした中で在沖縄米軍海兵隊のグアム移転協定を審議するための4月8日の衆議院外務委員会において参考人として4人の識者・関係者が意見を陳述した。移転協定推進意見を述べた森本敏拓殖大大学院教授と西原正平和安保研理事長の2氏は「グアム移転が沖縄の負担軽減となる」など平気で嘘をつき、住民の意向を全く無視し賛意を示した。同協定は4月14日、外務委員会の強行採決を受けて衆院本会議で可決された。現在、参議院に送られている。何としても廃案にすべきだ。以下に、伊波洋一宜野湾市長と桜井国俊沖縄大学長の意見を掲載する。


衆議院外務委員会における伊波宜野湾市長と
桜井沖縄大学学長の意見陳述内容(4月8日要旨)



宜野湾市長
伊波洋一氏

 約8千人の沖縄からグアムへの移転については宜野湾市民に対する普天間基地の基地負担の解消と、嘉手納(基地)以南の(土地)返還による沖縄の基地負担軽減に結びつくものとして期待していました。
 しかし、政府の答弁を聞いていると、国としての沖縄の基地負担軽減への熱意や、普天間基地の危険性除去への熱意は感じられません。
 (グアム移転と辺野古新基地建設との)パッケージ論は詳細な返還計画もまたその「パッケージ」の構成要素であるはずです。2007年3月までに作成されるはずだったこの計画はいまだ作成されていません。
 それどころか、沖縄のどの部隊がグアムに移転するのかもあいまいにされたままです。挙げ句の果ては、沖縄からグアムへ移転する8千の海兵隊は実数でなく定数であるという。それも米国が(米軍再編の)ロードマップの交渉で示した在沖海兵隊の実数約1万3千人から5千人も水増しした1万8千人の定数から(8千人を)移すのだと言っています。まったくあきれるばかりです。
 米国の報告書などから、私は、普天間基地の航空部隊はKC130(空中給油機)を除いてグアムに移転されるものと考えてきました。
 しかし、なぜ国は、沖縄からグアムに移転する8千人は主として司令部関係で、実人数ではないと説明するのでしょうか。国としてグアム移転に60・9億ドルを負担するのなら、沖縄で負担の大きい実戦部隊の移転を優先すべきです。普天間基地についても一日も早く国外に移転させて、危険性の除去を実現し、沖縄の負担軽減に結びつくようにすべきです。
 2月に米大使館でグリーン安全保障課長から、沖縄の海兵隊員の定数は1万8千人だから1万までは外から兵隊が移ってきますと説明された時には大変驚きました。もしそれが本当だったら、沖縄県民の多くにとって到底納得できるものではなく、憤慨するでしょう。
 そのようなロードマップなら、辺野古新基地建設を含めてすべてを直ちに白紙に戻し、グアム移転の財政支援も凍結すべきです。ぜひ国会において、(移転協定が)沖縄県民の負担軽減に結びつくのかつかないのか、国民が理解できるように委員会審議を尽くしてもらうことを要望します。
沖縄大学学長
桜井国俊氏

 新基地建設について沖縄の民意は「ノー」です。直近の民意としては、沖縄県議会も昨年7月、新基地建設反対を決議しています。
 辺野古では形の上では環境アセスが進み、4月1日に「準備書」が提出されました。しかし、アセス法の趣旨にもとる点が多々あり、環境アセスメント学会の学会員・評議員として、(私は)これを認めることはできません。
 二点重大なアセス法違反を指摘します。
 第一には、「ロードマップ」で設定された2014年(新基地完成)というゴールに合わせるため、アセス法の手続きに入る直前に大がかりな事前調査が実施されました。
 ジュゴンはサンゴ礁の調査のための機材の設置は、海上自衛隊の掃海母艦まで繰り出して、非暴力で反対活動を展開する市民を威圧する中で、潜水隊員によって夜間に行われました。サンゴやジュゴンの生態を知らない者による無理な作業の当然の結果として、機器の設置でサンゴの損傷が生じることにもなり、ジュゴンを威嚇するような形でビデオカメラが設置されました。
 「準備書」は、辺野古沿岸にはジュゴンはいない、新基地の建設と使用はジュゴンに影響を及ぼすことはないと記述していますが、それは、こうした威嚇の結果である可能性が高いと言えます。
 次に、事業者である沖縄防衛局は事業内容に関する情報を後出ししています。昨年1月にも150頁もの追加資料が提出されています。その追加資料提出の際に事業者は、埋め立て用土砂として沖縄近海で採取された1700万立方メートルの海砂を民間業者から購入するという計画を明らかにしましたが、それがもたらす環境影響についてアセスは行わないとしています。
 この海砂の量は、沖縄県での2006年度の海砂採取量の12・4倍、05年の全国採取量の1・14倍に相当する膨大なものであり、沖縄の沿岸・海浜環境に及ぼす影響は計り知れないものがあります。沖合の海砂採取で砂浜がやせ細るのを沖縄の人々は経験的に知っています。
 ところが、沖縄防衛局は合法的に採取した海砂を購入するのだから問題はないし、アセスの対象とする必要はないとしています。欠陥アセスです。
協同会館アソシエ

中小企業運動の砦,6月末竣工!
 日本の産業構造は、少数の独占資本支配の下で、圧倒的多数の中小企業が従属している。労働者も大企業内の「正規」「非正規」格差、大企業と中小企業の格差、中小企業内の「正規」「非正規」格差、中小(零細)企業間格差という重層的な差別・強搾取体制に組み込まれている。
 この構造に大きな楔を打ち込んでいるのが、関生労働運動と関西の生コン関連業界の協同組合運動である。労働組合と協同組合の協働による経済民主主義が大きな成果を得ている。その具体的な成果の一つが6月末竣工予定の協同会館アソシエの建設である。


〈建設の目的〉

 協同会館アソシエは、10の中小企業団体(協同組合・一般社団法人・NPO)が自らの資金で一堂に集う中小企業運動の砦として建設される。この決意の背景には、明確な目的がある。
 1番目に自らの砦を持つこと。中小企業運動を担う者の主体性を内外共に明らかにすること。また、中小企業運動が長期的展望を持ち、財力と実行力を持つことを示す。
 2番目に、人材育成センターを独自に持つこと。現在、一員である中小企業組合総合研究所が生コン関連労働者に対し、マイスター塾「基礎コース」で職業倫理と基礎的技術教育を実施している。これをさらに発展させ、コンクリート構造物の品質と安全を担保する人材「コンクリート・マイスター」制度を創設し、その育成も行う。
 3番目に、技術開発や品質管理の研究センターを独自に持つこと。セメントメーカーやゼネコン主導の現状に対し、中小企業が新たな価値を持ったコンクリート(環境にやさしい保水性・浸透性のあるポーラスコンクリートの開発・商品化)を創出するなど、イノベーション(既存の技術の組み合わせによる新しい価値の創造)に励む。
 4番目に、共同して関連する実務を共有化していくこと(事務局機能の集積化、共同事業ソフトの開発・共有、事務機や印刷などの共有、ITインフラの共有・集積化等)による生産性の向上をはかる。
 5番目に、利用面積が広くなり、拡大した事務所スペースや会議室、講習・交渉・イベントのためのホールが確保できる。
 6番目に、生コン関連産業以外の地域の中小企業や住民に会館を活用してもらうことである。当初はイタリアの民衆的アソシエーションである「人民の家」を意識して食堂なども想定していたが、体力的な意味で次回に期すこととなった協同会館アソシエは、ソーラーパネルによる電力供給、消費電力を減らすLED照明、バリアフリー、屋上緑化庭園(エレベーターで直通し地域住民に開放する)など、地域や環境に配慮している。

〈中小企業組織の主体形成〉

 事業協同組合は、中小企業等協同組合法に規制された相互扶助に基づく中小企業組織である。本来は、敗戦直後の財閥解体などと連携した経済民主化の意図を持って組織された。中小企業が団結し、スケールメリットを活かした共同事業(共同生産・共同受注・共同販売・共同購買・研究開発・団体協約締結等々)が可能で、大企業との対等取引をめざすことができる。しかし、独占資本復活過程ですっかり骨抜きにされており、新自由主義以降、一層窮地に立たされている。よって、生コン協同組合など既存の多くの協同組合はメーカの利益拡大・拡販戦略に組み込まれたり、国家の中小企業政策・社会政策に規制されてきた。
 自動的にこの中小企業組織が活性化することはない。そして、関西の試みの画期性は、労働組合の主導性、労組と協組のコラボレーションである。労使の闘いの中から中小企業の主体が形成されるのである。

榎原さんの『投機・信用資本主義段階論』に寄せて
―労働者の視点から、恐慌・架空資本・「資本論」を想う

佐藤 隆 

 コモンズの別刷学習版に連載された榎原均さんの論考に寄せて想ったことを書いてみます。

1、「100年に一度の恐慌」の原因

 昨年から劇的に始まった恐慌の原因については、金融工学を駆使した証券商品(架空資本の投機)や、金兌換制度の停止以降、とりわけ95年以降のアメリカの債務を補填(ほてん)する形で還流した特異な国際資金循環の矛盾が指摘されています。これらが重大な要因であることは間違いありません。しかし、その根底には資本主義の根本的な矛盾が横たわっているのだと考えます。
 榎原さんがいうように、現在の状況は20世紀初頭の金融資本主義とは大きく様相を異にし、「投機」が「投資」を凌駕しています。また、生産自身、商品生産よりも非物質的な生産が特徴的となり、搾取や収奪のあり様も生産現場に限らないものになっています。しかし、それでも、資本主義それ自身を規制・変革することを抜きに「投機を規制する」ということも意味を持たないと思われるのです。

2、「架空資本」という概念―概念の整理

@ 貨幣は本来、等価値(等労働量)の生産物の交換を媒介するものと概念的には規定されます。
A ところが、「資本」は、<貨幣資本→生産資本(生産手段と労働力)→生産商品→貨幣資本>という循環を繰り返しながら増殖していきます。なぜ、増殖するのかと言えば、生産過程で労働者の剰余労働を搾取し価値を増大させるからです。しかし、その価値は市場で生産物たる商品を「売る」ことに成功しなければ実現されません。
B 銀行資本(貸付資本)というのは、元来は、個々に遊休している貨幣資本を統合してその一部を貸し付ける(投資する)ことで生産資本への転化を促すものでした。
C ところが、資本主義の発達とともに、資本自身の商品化(証券化)という現象が発生します。平均利潤率が5%とすると、1万円の資本は年500円の利潤(または利子)を生むことになります。そうすると、逆に、年間500円の利潤を生むものは1万円の価値のある資本ということになります。年間500円の「請求権」が1万円の資本と見なされるわけです。こうして本来価値を増殖させるところの生産(と販売)から遊離した資本価値が形成されることになります。これをマルクス「資本論」では、第3巻29章で「国債」を例に挙げ、「架空資本」と呼んでいます。
D 「架空資本」は実体の生産手段や生産物から遊離しています。先の例なら年間500円の利子が年間1000円の利子に上昇する(あるいは逆に平均的利潤が5%から2.5%に低下する)ということになれば、その「証券」の資本価値は実体と関係なく1万円から2万円に倍増します。「信用」とはその言葉通り、本来は未来の生産的利潤への投資でした。ところが、その「信用」がいかがわしくなり、資本商品売買による利潤それ自身が目的になれば、それは「投機」に転化するのだと思います。

3、現在の恐慌はどこから来ているか?

 マルクス「資本論」では、続く3巻30章で、「再生産過程が流動的で還流が保証されている間は、信用は持続し拡張されるが、ひとたびその還流が破綻すれば恐慌となる」としています。要するに、信用・架空資本も資本の再生産過程から自由ではない、ということです。榎原氏は、「貨幣資本の膨大な蓄積」と「この間、投資銀行の投資が全然企業になされていない」ことを指摘していますが、その原因は、現実(現在)の資本の再生産過程が、既に恐慌以前から行き詰ったことにより貨幣資本が投機に向かったことだと考えられます。
 リーマン・ショックの爆発は、サブプライムローンの破綻をその導火線としました。サブプライムローンは、ラティーノなどアメリカの最も貧しい労働者たちに将来の高い利払いを約束させるローンでした。この「サラ金」返済の破綻こそが、「100年に一度の経済危機」の引き金をひいたのです。摩天楼の崩壊のような今日の事態の根底には、エゴイスティックで競争主義的な資本の生産の拡張、その対極での大衆の貧窮と消費制限という資本主義システムの矛盾があるのです。そのような視点で、現場の闘争に立ちつづけることが必要ではないか、と思いました。


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