
変革のアソシエ特別講座
「世界大変化の中の安保・沖縄を問う」第1回 |
我部 政明
がべ・まさあき
現在、琉球大学法文学部教授。国際政治、安全保障専攻。1955年生まれ。ジョージ・ワシントン大学客員研究員を経て、現職。
主な編著書:『世界のなかの沖縄、沖縄のなかの日本――基地の政治学』(世織書房、2003年)、『日米安保を考え直す』(講談社[講談社現代新書]、2002年)、『沖縄返還とは何だったのか――日米戦後交渉史の中で』(日本放送出版協会、
2000年)、『日米関係のなかの沖縄』(三一書房、1996年)、『戦後日米関係と安全保障』(吉川弘文館、2007年)他。
事態は大きく変わるときを迎え、
変えることができる |
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【注記】昨年11月21日、総評会館にて変革のアソシエ特別講座「世界大変化の中の安保・沖縄を問う」の第1回講座が、沖縄から我部教授をお招きして開催された。ここに紹介するものは編集部の責任でまとめた報告の要約です。従ってタイトル、小見出しを含めて文責は編集部にあります。(コモンズ編集部)1オバマ大統領の東アジア政策演説
オバマ大統領が2009年11月に東京に来て、東京サントリーホールにて1500名の日本人を招いて演説をした。その中で「沖縄」について唯一こういう話をしている。
「我々は歴史的に重要なこの時に、双方が日米同盟を再確認するのみならず、深化することで一致した。両国政府が達した沖縄駐留米軍の再編合意の履行のため、合同の作業部会を通じて迅速に進むことを合意した。日米同盟が未来に向け深化していくにつれ、アイゼンハワー元大統領がずっと前に表現した精神に立ち、われわれは対等で相互の尊重に基づく関係に向けて常に努力していく」
オバマ大統領が日本での動きについて特に関心をもっていたのは、沖縄ではなかったか。しかし、それは沖縄にある米軍基地の問題で、沖縄に住んでいる人間ではなかった。この演説がそのことを如実に物語っている。
つまり、現在の日米同盟の中でアメリカの大統領の視野には、日米関係が重要であるという認識はあっても、そこに住んでいる人々のことは視野のなかにないということです。
2日米同盟とは何か
日米関係の中心となるのが日米安保条約で、日米安保条約は、2010年6月23日に、沖縄では慰霊の日ですが、60年を迎える。1960年の安保改定は衆議院で可決され、参議院に送られて採決に至らず、自然承認となった。
その60年前の日米安保条約は旧安保条約であって、2010年に50年となる現在の安保条約は「日米相互協力および安全保障条約」が正式名称。つまり「相互安全保障条約」とは、はっきりと軍事同盟を意味しており、相互に安全保障をするということですから、お互いに一方が攻撃を受けたら、もう一方が自分への攻撃と思って反撃をもって対処すること。こういった軍事同盟を憲法が認めていないという議論が当時の国会では飛び交った。
また相互協力とは軍事同盟以外に、「経済協力関係」でもあると現在の安保条約第2条に書かれている。特に日本のアフガンへの支援、湾岸戦争の支援のときに、なぜ日本が支援をするのかというひとつの根拠付けに、「安保条約が経済協力である」ということで、経済協力をするのは安保条約の一環という方便として使われてきた。
同時に、日米同盟は「政治的協力」でもある。たとえば、国連総会のときもアメリカの支持をして足並みを揃えた形で協力する。
共通の敵と日米同盟
日米同盟がなぜ出来上がっているかというと、明らかに共通の脅威・共通の敵があったから同盟を結ぶ必要があった。
第二次大戦後、つまり20世紀後半の冷戦の中で結ばれた軍事同盟の多くは「強い者に守ってもらおう」という性格のもの。それ以前の同盟は、その時その時の場面で誰と組むかを決めていたのでその関係が長続きしない同盟が続いてきたが、20世紀後半の東西冷戦下では、東側はソ連に、西側はアメリカに守ってもらいたいということに。
冷戦後に出てきたのは、共通の敵がないのでどんなふうにして同盟を維持していけばいいのかが、同盟を維持したい人たちの議論でした。
そのときには共通の敵といわれたが、それは必ずしも共通の敵ではない。例えば北朝鮮の核はアメリカ人、日本人双方に、脅威であると感じる人もいれば脅威でないと感じる人もいる。つまり一部の人にとっては、アメリカにも日本にも北朝鮮の核は共通の脅威ではないということになる。こうなると軍事同盟の中身が機能しなくなってくる。いまではテロが共通の敵だということになっているが、あまり日本人にはピンと来ない。たとえばテロの原因が「貧困」といわれても、それが日米同盟とどのような関係があるのか、などの疑問に対して十分納得できる説明はない。(注―我部氏は後の質疑では「中国脅威論もリアリテイーを欠いている」と答えている)
3同盟の「強化」、「深化」とはなにを指すのか
今回のオバマ大統領演説のなかに出てくる、日米同盟における「深化」「強化」はどういう意味か、なぜ日米同盟を強化する必要があるかについてはまったく触れられていない。ただ「深化」という方向づけだけで、根拠は明らかにされていない。多くの人が「日米同盟」を必要としているが、その必要性の根拠は議論されていない。
こういう中で、沖縄に「なぜ、基地があるのか」、「なぜ、米軍基地が必要なのか」の合理的説明や議論を回避して、日本政府は「ある程度」という曖昧さでもって必要だろうといい、その代わり経済振興策によるお金、また普天間基地の「移設先」探しにすり替えている。
冷戦当時はもちろん、冷戦が終わっても、「沖縄基地は日本のために必要だ」と日本にいる多くの人が思っている。では基地はなぜ必要かというと、安心感、アメリカに「守ってもらう」ためのコスト、その代償として沖縄に基地をということで、沖縄の人から見ると「どうしてだい、それはおかしいのではないか」となる。その沖縄の声が、他の地域の人が聞いても「そうだよな」ということになってくると、沖縄の声が政治的な意味合いを持ち、インパクトを持ってくる。
同じことは地位協定にも言える。「地位協定は不平等だよね」という声に対しては「そうだ」というが、地位協定を解決するとなると日本全国の人の反応は鈍い。多くの人が自分には関係ないと思っているかもしれないが、すこしは関係がある。例えば、東京の新国立美術館の隣に米軍のヘリポートがある。このヘリポートのように都心にあっても隠れているため、その存在に気づくことはない。だが、米軍人の事件や事故が起きると、米軍基地の存在を身近に感じることになる。そこで、それらの処理をめぐって、地位協定で保証されている米軍の特権化した行動が表面化するとき、多くの人々は米軍基地の存在について素朴な疑問を抱き始める。その結果、ときとして政治的なインパクトをもつ。
沖縄の声のもつ政治的インパクト
政治的インパクトを持つようになったのが、今年(09年)の8月に行われた総選挙。沖縄では4つの小選挙区で自公が押した候補者が全員落選した。これは何なのかと考えると、自公政権に対する不満ももちろんあるが、米軍基地について、地位協定は変じゃないかといった素朴な疑問が、反自公の候補者が勝利した背景にある。もちろん年金などいろいろな問題を考えて有権者は投票したが、そういった普通の疑問が政治的インパクトとして勝利の源泉であった。
こうした沖縄の声が日米関係にとって重要になってきた。普天間の移設問題は、日米同盟にとって不可欠であり、普天間を解決しなければ日米同盟が揺らぎはじめるほど大きな問題であると、日本のマスメディアやアメリカの日本専門家たちが言い始めて、それが新聞に載る。日本のメディアを見ていると、沖縄の人たちの一挙手一投足、方向や考え方が日米同盟を左右していることになる。
本当にそうなのか。沖縄の声が日米同盟を左右するといいながらも、現実には、オバマが沖縄の人の力が必要だと協力を求めるわけでもなかったし、説明もなかったのはなぜか。沖縄の人は、確かにオバマだったら何かやってくれるだろうと期待を抱いていた。ところが、そんな期待とは異なって、オバマはそう考えていなかった。なぜなのか。言葉の上では「普天間問題が日米の大きな問題であり普天間問題を左右するのは沖縄の人たちだ」という理屈が通るならば、なぜ日米問題を揺るがしているはずの沖縄の人たちに向かって説得する行動がとられないのか。
日米関係の非対称性
これは鳩山政権も同様で、なぜこんなことが起こるのだろうか。
鳩山政権誕生時によく言われた「日米の対等な関係」とは何か。どういうことを対等と考えているのだろうか。
20世紀前半、日本はアメリカと同等の軍事力を持とうとしたが、結果はうまくいかなかった。そして1945年(敗戦)にその結末を見た。以来、今でもアメリカと軍事的な対等性はないし、そんなものを持ちたくても持てないし、持っている国はない。
そんな中で同盟の対等性とは何か。少なくとも日米同盟のなかで、日米関係の形は対称になっていない。
アメリカは日本を見ながら、中国や韓国にも神経を使う。日本の外務省はアメリカだけを見ている。米国防省・軍は、海外米軍の展開のひとつに日本を見ているが、自衛隊の人は、アメリカ軍だけをじっと見つめている。日本ではアメリカへの関心が圧倒的に高いが、アメリカの国民はほとんど日本へ関心を持たないし、議員も無関心、アメリカのメディアも無関心。
特に安全保障分野での日米交渉では、アメリカが優位に立つことが多い。米政府各省が連携して対日交渉に当たることが、それぞれに利益を増やす。これに対して、日本では政府内の調整に手間取るだけでなく、与野党の政治家も関与し、直接的利害あるいは間接的利害をもつ有権者が参加してくるため、多くの関係者を説得しながらの対米交渉となるため、日本の立場は弱いことが多い。だが、有権者の間に強い反対がある場合は、外交交渉で逆に譲歩できないことをアピールできるので、立場が強くなることもある。
基本的な日米関係は、アメリカでは政府内の日本に関連する部局のみであるのに対し、日本では政府、政治家、政党、有権者、マスコミなどが同時にかかわる非対称的なものとなっている。普天間移設が鳩山政権にとって重要な課題であるけれども、アメリカでは政府のごく一部の人たちの関心事に過ぎない。つまり、アメリカから見ればこれは日本の問題であってアメリカの関心の対象でない。それがオバマ大統領の演説に表れている。結局、沖縄の声を受け止めるところが日米関係のアメリカ側にはない。沖縄の声に共鳴し得るアメリカの声がない。そういうことが対等にならない。こういうことを非対称性と呼んでいる。
これは沖縄のことだけでなく、軍事的な非対称性、政治的な非対称性で、経済的にはちょっと違うが、それらが日米同盟の対等性を根本的に、恒常的に難しくしているのかもしれない。ですから「対等」というものを単純に考えるより、日本の要望・要求がアメリカに届くにはどうすればいいかと、考えるべきです。
4普天間移設の経緯
今回の普天間移設の議論の中で、当初から普天間の県外、国外移設と、民主党では当時の鳩山幹事長も言ってきた。このように民主党としては県外・国外に移設先を求めると言ってきたのが、最近はかなり大きく変わってきている。
岡田現外務大臣の提案は、もうひとつの選択肢としての県外移設ではなくて、普天間の嘉手納基地への統合。96年のときに最初に登場した案で、検討の結果、最終的には嘉手納統合案は消え、名護・辺野古への移設でまとまった。96年に検討した資料の一部が公開されて、なぜ嘉手納に統合できないのかという理由・根拠が明らかになった。軍事基地というものは、平時よりも有事、つまり戦争の際を想定している。基地は、平時よりも戦争のときにどう使うのかが最優先されて作られている。その結果、普天間の基地を嘉手納に移すことは軍事的にできないとの結論を出した。
嘉手納統合案が消えた理由
一つは、普天間を返還した後、嘉手納飛行場が有事の際に使えなくなるということ。これはどういうことか。沖縄には嘉手納、普天間、那覇の三つの大きな飛行場がある。現在、米軍が専用で使っているのが嘉手納と普天間。有事の際に、一方の飛行場の滑走路が使えなくなったときに、近接するもう一方の飛行場に、飛行機が着陸することができるのが軍事基地だという。つまり、普天間と嘉手納は対の関係にあるので、嘉手納に移設して普天間をなくすことは、嘉手納の有事の際の使用に支障があると。沖縄には、嘉手納、普天間以外に、那覇空港がある。その有事の際の代替滑走路として那覇空港の使用を打診された日本側は、民間機が飛んでいる那覇飛行場に米軍機が飛んでくるのは危険性が高まるとして難色を示した。結局、普天間を移設すると代替滑走路が確保できない、ということで嘉手納統合が消えた。
もう一つのほうが大きな理由。嘉手納飛行場や普天間飛行場を遠くから見ますとかなり大きな飛行場で、つまり広大な空き地が広がっているように見える。それが有事の際のスペース。いざという時に飛行機が飛んできて、飛行機から荷物を降ろすための広大なスペースを確保している。
嘉手納飛行場には、一見しても海兵隊のヘリ部隊を収容できるスペースはある。しかし、そのスペースは嘉手納が有事の際に使うスペースで、空軍は海兵隊に譲り渡すと自分たちの有事の際に対応できなくなると主張。海兵隊も自分たちの有事の際に大きなスペースを飛行場内に確保したいが、それもなくなるのだと統合案の困難さにダメ押しをした。そもそも、嘉手納が有事の際のために使うスペースだから、海兵隊のために割くことはできないとの空軍の主張が通って、嘉手納統合案は消えた。
一般的なことですが、誰の意見を採用するのかで結論は変わる。それは、軍隊も同様で、嘉手納統合案がだめになったのは、固定翼の戦闘機とヘリのような回転翼が混在することが危険だという主張が通ったからだといわれる。嘉手納統合案を検討した米軍内部の報告書によれば、「それは何とかなる」と記している。どういうことかというと、普天間と嘉手納の離発着回数を足すと、年間6000回程度。アメリカ本土には固定翼と回転翼の1万回の離発着をしている飛行場があるので、嘉手納で固定翼と回転翼あわせて6000回のヘリの離発着は、航空管制を工夫すればなんとかなると。
辺野古案も変化している
実際に普天間の移設先が辺野古に決まったとき、建設される滑走路は97年の段階では約800m。現在の案では、1400mに100m+100mのオーバーランをつけて1600mの滑走路となっている。海兵隊は、普天間を返還した場合、代替滑走路の長さは、800mでよいという主張があった。同時に、2500mの長い滑走路の軍民共有空港を作る案ももっていた。2006年になると、1400mの滑走路を採用した。
これを見ると、軍事的な必要性といっても特別なことではなく、さまざまな利益の調整の結果によるという伸縮自在さをもっている。これまでの日米合意は、大まかなことを決めてから細かいことを決めていた。今回の鳩山政権では、岡田外務大臣が細かいことを積み上げさせようとしたが、日米合意という大枠を変更することは出来なかった。同時に、北川防衛大臣は現行案しかないと発言を繰り返した。鳩山首相は、先送りを決定し、連立政権を組む民主、社民、国民新との協議を行い、2010年5月までに結論をだすとした。
5鳩山政権の課題
鳩山政権が先送りしても、もともと日米関係の大きな課題となっていた普天間移設であり、県外移設を求める沖縄の声が消えてしまうわけではない。鳩山首相は沖縄の声に耳を傾けると言っている。その中のひとつが2010年1月に行われる名護市長選挙だと言われる。
では、沖縄の声とは何なのか、名護市長選挙の結果だけが沖縄の声なのか。さらに7月の参議院選挙、11月の知事選挙がある。いずれが沖縄の声なのか。もし沖縄の声を重視することに突き進めば、重視するほどに現行の日米合意を実行に移すことはできなくなってくる。それは、沖縄の声をあるところで、切り捨てる事態がやってくることだと思われる。
沖縄の声の重視の仕方にいくつかある。沖縄の声を鳩山政権がどのように活かすかにかかってくる。これまでの自民党政権は、当事者が納得すればOKとしてきた。この理屈の中心は、当事者を自民党が都合のよいように決めてきた。つまり、大きな議論をしようとすれば、日米同盟の当事者は日本人全体。普天間の問題が日本の安全保障の課題だとすれば、名護市長選挙の結果で決断を下すのはおかしくなる。移設先の辺野古に住む人たちだけが同意すれば、移設ができるのか。飛行の周回経路の下にある地域はどうなるか。さらに、沖縄県全体はどうなるか。当事者をどこに設定すればよいのか。沖縄県内の米軍基地の移設となれば、やはり沖縄県に住む人全員が当事者で、当事者としての一体感を歴史的にも、社会的にも、文化的にも沖縄の人々が持っている。島という環境からしても、この島で暮らす人々の生活空間であり、自然空間。この点を無視して、都合よく当事者を限定してきたのが日本政府だった。
沖縄の米軍基地について理解していない
岡田外相が嘉手納基地に普天間を統合する案を提示した際のこと、彼によれば、嘉手納にある飛行機を半分に減らすことができれば騒音が半分に減り、その分の普天間のヘリの受け入れが可能ではないかと主張した。これは、沖縄の米軍基地についてのリアリティを欠く頭の中だけの話で、沖縄の基地についてまったく理解していない。
沖縄の基地、とくに嘉手納基地には、所属の飛行機だけでなく、米本土や周辺の米軍基地から航空機がやってくる。目的は訓練で、航空機の訓練は、地上にいる私たちには見えない。沖縄の周辺には広大な訓練空域が多く存在し、沖縄周辺には米軍専用の射爆場が2箇所もある。韓国の米軍専用射爆場も今はない。日本には三沢基地(青森県)の北側に射爆場があるが、周辺に原発があるため、爆弾投下がきわめて難しい。爆弾投下や射撃訓練が自由にできるのは沖縄なのです。多くの人の目から遠いところに射爆場がある。米本土では禁止していた劣化ウラン弾の使用すら行われた。米軍にとっては、地域住民の目の届かない、好き勝手ができるから。鳥島と沖大東島。沖縄からこれらの射爆場の間に広がる訓練空域の水面では、ごく普通の民間の船や漁船が航行している。これらの船からだと訓練の一部を垣間見ることがある。
なぜ海兵隊は沖縄に普天間の代替飛行場を欲するか
嘉手納基地には、基地所属の航空機だけでなく他の基地の航空機が、沖縄周辺で訓練のためやってくる。訓練ですから、休むことなく、集中して行われる。つまり、騒音がひどくなる。嘉手納に配備されている飛行機は訓練もすれば休養もとる、飛行機のチェックもする。ということは飛ぶ回数は訓練でやってくる数より少なくなる。たとえば、嘉手納に配備されているF15は全部で40機余あるが、ほとんどが同時に飛んだりしない。しかし、訓練でやってくる飛行機は訓練期間中、やってきた機のほとんどが飛ぶ。騒音を撒き散らしているのは、外からやってくる航空機。これが嘉手納飛行場の騒音の大きな原因となっている。
こうしたことについて岡田外相はまったく知らない。この事実を指摘されたとき、岡田外相は、他基地から訓練のためにやってくる航空機の数を制限すればよいと答えた。日本政府が米軍に対し飛来する航空機の数を制限したことはない。戦略爆撃機のB52のような核兵器を搭載しているかもしれない航空機だと、嘉手納への飛来の自粛を求めたことは、確かにある。実際は、たとえ日本政府が要請しても、米軍の訓練を即座に制限することの可能性は、ほとんど低い。
もう一点は、海兵隊がなぜ沖縄に普天間の代替飛行場を欲しているか。それは沖縄に他の海兵隊部隊がいるから。海兵隊は、航空と地上と兵站支援が一緒になって作戦行動をとるのを特徴とする軍隊で、他の海兵隊部隊を沖縄にそのまま置いて、沖縄県外の飛行場を普天間の移設先としても、検討結果は沖縄へと戻ってくる。
そもそも、なぜ、こんなにたくさんの海兵隊基地を沖縄におくのか、基地そのものがなぜ必要なのか、という話から始めないといけないと思う。
今、政治的存在として沖縄の声が大きくなってきている。環境や政治を変えていける時期とそうでない時期がある。またそういう政治的な意志というものには波がある。私が言いたいことは、事態は大きく変わるときを迎え、変えることができるということです。
(追記 この報告の後に「沖縄に海兵隊のいる根拠、中国脅威論、日本がアジアの中心である時代は終わった」などについての質疑が続きます。紙面の都合でご紹介でませんので、下記にご案内の『季刊変革のアソシエ』1号を是非ご覧下さい。コモンズ編集部)

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