第23号(2010/5/5)●1面
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鳩山の民意踏みにじる「県内移設」
(辺野古修正・一部徳之島)許さない!
沖縄県民9万人余、徳之島1万5千人の「基地ノー!」クリックで拡大
沖縄・徳之島に連帯し、全国で起ちあがろう
普天間基地無条件撤去・返還、海兵隊撤退の対米交渉を
イエローカードの巨大な民意のうねり

 4月25日、沖縄・読谷村運動広場で「米軍普天間基地飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」が開催された。沖縄の各地域から、「鳩山政権にイエローカード」の意を表わす黄色のハチマキ・リボン・帽子などをつけた参加者が陸続と詰め掛け、会場に入ることの出来なかった人々を含め、9万余の大結集となった。大会には、仲井真知事、県内の市町村長のほとんどが出席した。開会宣言した大会実行委員長の翁長那覇市長、主催者代表の挨拶をした高嶺県議会議長が、口々に「まさしくここに沖縄県民の心が一つになったことを高らかに宣言する」「県民が基地を選択したのではない。日本国民は全員で日本の安全保障の痛みを共有できないで、どうやって一人ひとりが自立できるのか」と訴えた。
 普天間高校の生徒の「生活の中に基地がある。沖縄に基地がある事を、仕方がないと考えていないか」は、日米安保、抑止力問題で「思考停止」に陥っている鳩山政府と本土のわれわれへの心に響く鋭い問いかけである。
 沖縄県民大会の一週間前の18日、鳩山「腹案」として名前の挙がった徳之島では、島民の6割の1万5千人が結集して移設反対集会を開催し、徳之島の三町長が移設拒否の姿勢を示した。(徳之島集会記事3ペイジに)
 沖縄から徳之島へ、最早、何人も押しとどめることのできない米軍基地押し付けへの怒りと拒否の巨大なうねりが、日米両政府を包囲している。
 沖縄県民大会は、対米追従と構造的な沖縄差別の上に成立してきた安保条約による日米同盟を根底より問い、突き揺るがす沖縄・安保闘争の戦後史を画す歴史的転換と始まりを告げるものとなった。

1万5000を集めた徳之島集会
民意に従うか、アメリカへの隷従か、鳩山政権!

 にもかかわらず、5月4日、鳩山首相は就任後初めて沖縄入りし、あろうことか、恥知らずにも普天間米軍基地の「県内移設(辺野古杭打ち修正案)」と「徳之島への一部移設」の政府案を伝え、「県内」受け入れを要請した。
 この表明は、昨年の総選挙の「国外、最低でも県外」の公約を裏切り、沖縄・徳之島の民意を踏みにじる暴挙で、絶対に許せないことだ。
 鳩山首相は、「米国との同盟関係、近隣諸国との関係を考えた時、『抑止力』の観点から県外は難しい」と述べた。この考えこそ、アメリカべったりの戦後の歴代自民党政権の考えであり、この間激しい抵抗を続けてきた外務省、防衛省、民主・自民双方の官僚・政治家、その御用学者たちはじめ日米安保体制に群がってきた「安保マフィア」たちへの屈服ではないのか。

鳩山政権は、もはや「移設政策」は
破綻していることを思い知るべきだ。

 自ら決めた「5月末期限」を前に、鳩山政権の取るべき道は、普天間米軍基地の無条件閉鎖・返還、そしてアメリカの他国への侵略と殴りこみの人殺し部隊である米海兵隊の撤退こそアジア近隣諸国と平和に生きる道だと、米政府と「命がけ」の対米交渉をすることだ。米政府が嫌だというのなら、全ての米軍基地存在の元凶たる安保条約破棄の通告をするといえばよい。普天間問題の本質はそこにある。 普天間基地撤去へ、5・16普天間包囲と同日掲載予定の「沖縄・緊急意見広告」を成功させよう!「沖縄モデル」に学び大きな広い共同を追求し、全ての米軍基地撤去・安保破棄の新しい歴史的闘いの扉を開こう!(5月4日記)

鳩山首相の「県(圏)内移設」
押し付け絶対に許さない
絶望せず撤回まで闘う!

安次富 浩(沖縄名護・ヘリ基地反対協議会代表委員)



沖縄県民は、鳩山首相来沖における公約違反の普天間米軍基地の「県内移設」押し付けに決して絶望しない。昨夏の総選挙における「国外、最低でも県外」という公約をいとも簡単に破棄する鳩山には失望した。しかし、これまで13年もの間、辺野古の現場で杭一本打たせず闘ってきたのだから、新たな「くい打ち(桟橋)」案であろうと、その撤回まで闘います。
 埋立の代わりに環境破壊しないという「杭打ち(桟橋)提案」は、環境を知らない無知の戯言です。私たちには、子どもたちのため、この美ら海を守る夢がある。「じゅごん保護区」「国立海中公園」の指定を受ける運動も考えています。
 徳之島は、琉球弧の兄弟島である。「徳之島への移設」案は決して「県外」ではなく、「琉球圏内」である。琉球史を知らぬ官僚ども、鳩山政府の新たな提案は、前自公政権ですらしなかったもので、私たちを愚弄するもので、絶対に許すことはできない。新たな闘いを徳之島の皆さんと沖縄県民、全国の人々とともに立ち上がっていきます。勝利は、主権者たるわたしたち住民の側にあり、決して政治家の側にあるのではない。
(5月4日、談話。文責はコモンズ編集部)
米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、
県内移設に反対し、国外・県外移設を求める決議


 普天間飛行場の返還は平成8年日米特別行動委員会(SACO)合意から13年経過した今なお実現を見ることはなく、その危険性は放置されたままです。
 しかも、平成16年(2004年)8月13日に発生した沖縄国際大学構内への米軍海兵隊所属CH53D大型輸送機ヘリコプターの墜落事故は、市街地に位置し、住宅や学校等が密集する普天間飛行場の危険極まりない現実を明らかにしました。一歩間違えば大惨事を引き起こしかねず「世界一危険な飛行場」の存在を改めて内外に明らかにしています。しかも、平成18年(2006年)の在日米軍再編協議では同飛行場の全面返還を合意しており、県民や宜野湾市民は、最も危険な普天間飛行場を早期に全面返還し、政府の責任において跡地利用等課題解決を求めているのです。
 私たち沖縄県民は、去る大戦の悲惨な教訓から戦後一貫して「命どぅ宝」、基地のない平和で安全な沖縄を希求してきました。にも関わらずSACO合意の「普天間飛行場条件つき返還」は新たな基地の県内移設に他なりません。
 県民の意思はこれまで行われた住民投票や県民大会、各種世論調査などで明確に示され、移設先とされた名護市辺野古沿岸域は国の天然記念物で、国際保護獣のジュゴンをはじめとする希少生物をはぐくむ貴重な海域であり、また新たなサンゴ群落が見つかるなど世界にも類をみない美しい海域であることが確認されています。
 名護市長は、辺野古の海上及び陸上への基地建設に反対しています。また、勝連半島沖埋め立て案についてはうるま市長・市議会ともに反対を表明しています。
 よって、私たち沖縄県民は、県民の生命・財産・生活環境を守る立場から、日米両政府が普天間飛行場を早期に閉鎖・返還するとともに、県内移設を断念し、国外・県外に移設されるよう強く求めるものです。
 以上決議する。
      2010年4月25日

4・25県民大会 


内閣総理大臣
外務大臣
防衛大臣
沖縄及び北方対策担当大臣
内閣官房長官
アメリカ大使


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