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増田 幸伸(近畿生コン関連協同組合連合会専務理事) |
●ドイツの貢献
ヨーロッパにおける生協は、大きな発展を遂げた後、停滞し破綻するか、再建するかの分岐がありました。残念ながら、ドイツの生協には昔日の面影はありません。
しかし、イギリスのロッチデール公正先駆者組合が近代協同組合運動で果たした役割に匹敵するドイツの歴史的貢献が信用協同組合の創設です。
信用協同組合は2つの形態がありました。1つは、ヘルマン・シュルツェ・デーリッツが都市の職人や中小企業経営者のニーズに適した信用協同組合(彼は庶民銀行と呼びました)を創設し、もう1つは、フリードリッヒ・ウィリヘルム・ライファイゼンが農村地域の小規模農業経営者のニーズに適した信用協同組合を創設したのです。
シュルツェとライファイゼンは、19世紀初頭の経済生活の自由化、資本主義化が引き起こした経済的困窮に直面しました。ドイツは、イギリスに比較して経済発展が遅れ、国家統合も1871年にプロイセン国王をドイツ皇帝とするドイツ帝国(連邦国家)として統一されました。
それでも19世紀末には一大工業国に成長し、1820年に2500万人であった人口が、統一時には2倍、1910年には6500万人となりました。
この間、ドイツの農業改革で農奴制が消滅し、小農という新しい階級が登場します。しかし、小農は農地の所有権を有しますが、当時のイギリスの労働者が低賃金で劣悪な労働環境にあった様に、何の保護も無く市場経済に飲み込まれていきます。他方、都市では工業化の中でも、職人による手工業と下請け労働が残存していました。ギルド制度によって保護されてきましたが、19世紀半ば以降、ギルドが一掃されると、地位の喪失に苦しみます。でも、20世紀前半、第1次世界大戦頃まで、職人と中小企業は生き残っていました。
こうしたドイツの経済的政治的構造に規定され、新たな協同組合運動が生まれたのです。
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今も使われている
ライファイゼン銀行の
シンボルマーク |
●シュルツェの庶民銀行
シュルツェ(1808〜83)はザクセン州の一都市の町長を経験し、裁判官にも就任し、プロイセン国民議会の議員も経てきました。この経験が小営業者問題についての理解を深めたのです。この小営業者は、資本不足に直面していました。
当時の株式組織の銀行の貸付は、発展する大企業に集中しました。また、貯蓄銀行(個人の貯蓄を引き受ける金融機関。19世紀に欧米諸国に広まった、庶民に対して倹約を奨励し貯蓄により生活を安定させるための公益的な金融機関)は主として公共機関へ貸し付け、小事業を行う一般の人々・小営業者(職人や中小企業経営者)には貸付が受けられなかったのです。
そこで、1849年に建具職人と靴製造修理職人のための原材料購買組合を設立、翌50年最初の相互貸付組合(信用協同組合)を設立しました。シュルツェのシステムは、組合員が1株と引き換えに出資すること、その株の価格は一般の人たちが準備できるような金額に固定すること、組合員はこの出資金を分割払いできること、無限責任制であること、剰余はその20%を準備金として積み立て、出資金に応じて組合員に配当金として分配されるとしました。また、組合員に貸付する場合、親類または知人に「対人保証」か保証人の形での担保を求めました。さらに、信用協同組合は専門家によって経営されることとし、総会で選出され、管理評議員会によって監督される有給の理事が3年間実務を担当することになります。
シュルツェは、1855年に『庶民銀行としての貸付組合』を出版し、1859年に後にドイツ産業協同組合総連合(自助の原則に基づくドイツ産業及び経済協同組合総連合)に結実する信用協同組合大会を組織し、1867年にはドイツ(プロシア)で最初の協同組合法を制定させました。
資金不足に困っていた職人や中小企業経営者にとって、このシステムは有効でした。1905年までに1000以上の信用協同組合が設立され、60万人の組合員が加入していました。多くの都市には庶民銀行が存在しました。
過疎対策の一つに、図書館が認められることになった。図書館を建設する時には過疎対策事業債が使えるので、新しく図書館をつくるには便利になった訳だ。現在、全国の市町村の約半分が「過疎」に指定されており、その市町村のなかで図書館建設に意欲を持っている所があるとすれば好機であろう。だが、大都市はべつとして、地方の市町村で図書館を建設しようと頑張っている所があるとは思えない。事業債といっても、使えば自治体の「借金」である。この財政の苦しい時に図書館を新築しようと計画を練っている自治体があるとは考えられない。この時期に図書館建設に過疎対策事業を認めたというのも、どこかピントがずれていないだろうか。いまもっとも大切なのは、図書館の活用ではないだろうか。
わたしは全国を歩いて各地の図書館を利用させていただいているが、各地で大きな変化が起きている。一つは合併したことで自治体の面積が広くなり、いくつもの町村が一緒になった。しかし、合併前の各自治体が持っていた図書館を合併をした所は少なく、それぞれ旧役場内におかれている。そのため中核図書館がなく、蔵書は旧図書館にそのまま置かれているため、必要とする本を求めて旧図書館をまわらなければいけないという体験を何度もしている。これなども中核図書館をつくると同時に、面積が広くなっただけサービスが行き届かなくなっているので、この矛盾した機能をどう一致させていくかが求められている。
二つには、過疎地の図書館には専任司書が不在のところが多くなってきた。図書館(あるいは図書室)の入口に電話があり、それで合図をすると「待って下さい」としばらくして係の人が来る。どこかで兼務をしているのである。用事が終わると戻って行くので、また一人だけになる。聞きたいことがあってもまた呼び出しをするのは気が重いため、そのまま帰ることが多い。図書室に学校帰りの子供が一人だけいることもある。図書室を利用する人がいない時は、消灯しているところもあった。
このほかには、委託や派遣に頼っているところもあった。司書の資格も持っていないらしく、どこにどんな本があるのかも知っていない。しかも朝からではなく、午後から置いているところが多かった。市役所や役場では職員の削減に力を入れているが、いちばん先に手をつけられるのが文化施設である。せっかく持っている図書室さえも、十分に機能しなくなっているのだ。
同じことは小中学校の学校図書館の司書教諭の場合にもいえることで、兼務で図書館には手がまわりにくいと言われている。高校も専任司書が少なく、非常勤司書を派遣している場合が多い。これはわたしの住む秋田県だけではなく、多くの県にも共通している問題のようだ。また、多くの市町村の学校図書館は保有すべき冊数に達していない。しかも、国が措置した図書購入費を、他に流用している市町村もあったというからひどい。こういう事実が県内で問題にならないというのにも驚く。行政だけではなく、県民もあまり関心を持っていないのである。
読書は子ども時代からの「読書」が大切だといわれるが、その点では学校図書館の在り方が大切だ。いま持っている図書館での専任司書の増員と蔵書の充実に、まず力を入れなければいけないのではないだろうか。
ここでちょっと風変わりな資料をお目にかけたい。ことしの4月にわたしの住む秋田県能代市で市議会議員の選挙があった。26議席に30人が立候補したが、その時に地元の新聞が全候補者にアンケートしたのを載せた。そのアンケートの一つに、「私の愛読書」というのがあった。とくになしが7人、記入なしが1人、ゆっくり読書をしている時間がなしが1人の9人に、愛読書がなかったのだ。候補者の約3分の1に愛読書がないことに、わたしはいささか驚いた。愛読書という人生の財産を持たない人の生き方とは、どんなものなのだろうかと思ったのである。
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