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第28号(2010/10/10)●4面 HOMEへ |
四 敗戦と解放以後 1 1945年8月15日、日本帝国のポツダム宣言受諾、無条件降伏によって、朝鮮全土に対する植民地支配は消滅した。1943年11月の「カイロ宣言」は、「朝鮮人民の奴隷状態」に留意し、「朝鮮を自由かつ独立のものたらしむる」とうたっていた。そして、ポツダム宣言は、カイロ宣言の条項の履行を明記していた。 これにより朝鮮半島は日本帝国の「版図」から離脱―独立を回復することとなった。しかし、日本は植民地支配の清算をおこなうどころか、資源・食糧・文化財などの略奪や強制動員、民族抹殺政策と独立運動に対する過酷な弾圧・虐殺に対し一言の謝罪すら表明しなかった。さらに新しい国づくりを進める朝鮮人民の闘いを妨害し、朝鮮戦争時には米軍を支援し南北分断の固定化に手を貸した。 2 その背景には、米英等が主導した極東軍事裁判が「平和に対する罪」と「通常の戦争犯罪」、何件かの「人道に対する罪」は裁いても、日本の植民地支配責任については追及せず、不問に付したことがある。また、ソ連の台頭、中国革命の進展に危機感を募らせた米国が、日本を反共の防波堤とし、「冷戦」体制に組み入れていく方向へと対日政策を大きく転換したことがあった。これによりサンフランシスコ講和会議から南北朝鮮は除外され、日本に対する賠償問題も棚上げされた。わずかに財産・請求権についてのみ特別取り決めの主題とし、交渉することが認められた。欧米諸国による日本の植民地支配責任不問と「冷戦」が日本の植民地支配清算の不徹底を許した。講和条約が発効すると、日本は真っ先に戦前の軍人恩給制度を復活させたが、それは日本人にのみ適用し、植民地出身者には一切の補償を拒絶し、未払い賃金すら払わず、BC級戦犯として処刑だけはおこなった。こうして日本政府は何ら植民地犯罪の責任を取らず、民衆もまたその責任を意識せず、朝鮮人に対する差別と排外意識を克服できないままとなった。 3 1965年6月の日韓基本条約、日韓請求権協定等は植民地主義を清算するものとはならなかった。韓国政府は植民地支配に対する賠償を求めたが、日本政府は併合条約は適法であったと主張するだけでなく、「日本は朝鮮でよいことをした」などと植民地支配を正当化し、それを拒んだ。米国はこのような日本政府を後押しし、朴正煕政権は、開発政策を優先し無償・有償5億ドルの「経済援助」を受け入れた。日韓請求権協定第2条は、「請求権に関する問題は、完全かつ最終的に解決した」と規定した。植民地支配下でのさまざまな犯罪行為とその被害に対する責任追及、賠償問題は封印された。また、日韓基本条約第3条は、韓国政府を朝鮮半島における「唯一の合法的な政府」と規定し、日本は南北分断の固定化に加担した。 4 しかし、1987年の韓国民主化、1991年のソ連解体―「冷戦」の終焉後、植民地支配、侵略戦争の被害者たちは堰を切ったように声をあげ始めた。元日本軍「慰安婦」、強制連行・強制労働被害者、元軍人・軍属らが日本政府・企業に対し被害に対する謝罪と賠償を求めて訴訟を起こし、その責任を追及した。在日の元軍人・軍属、在韓被爆者らも戦傷病者戦没者遺族等援護法、被爆者援護法等の適用を求める訴訟を起こした。これに対し一部企業は強制労働被害者に対し実質的に補償をおこなった。在韓被爆者の訴えについては司法が日本政府の在外被爆者切捨て措置を違法とし、被害者救済を命ずる判断を下した。在日の元軍人ら(傷痍軍人)には見舞金を支給する特別法が制定され部分的な救済が図られた。しかし、日本の司法は他の被害者の請求についてはことごとく退け、日本政府は日韓請求権協定を楯に問題解決を拒み続けている。 他方、被害者の戦後補償の実現を求める訴えにこたえ、日本の中で多くの市民が裁判闘争支援などに立ち上がり、2000年には「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を開いた。70年代以降の韓国民主化闘争支援、キーセン観光反対、金大中氏救出、政治犯救援運動などの上に、戦後補償実現を目指す日韓市民の共同の運動は組織されたのである。この中で、かつての植民地支配・被支配の関係を超えて、戦争責任追及、植民地主義清算に向けての市民の広範な連帯が形成された。 5 他方、戦後、日本に残り生活することを余儀なくされた朝鮮人に対し日本政府は差別・排除と同化政策をとり続けた。サンフランシスコ講和条約締結後、朝鮮人の日本国籍を一方的に剥奪し、出入国管理令、外国人登録法などの管理法令によって生殺与奪の権限を握り、また民族教育など民族的自主権を奪った。日本政府は「冷戦」を利用し、在日朝鮮人を分断しつつ植民地主義的管理の下に置いたが、1965年日韓条約締結以降は分断支配をいっそう深刻化させた。「韓国籍」を有する者にのみ「永住」(協定永住)を認めて管理を「緩和」しつつ、「朝鮮籍」の者には「永住権」を認めず抑圧を強めた。その後、「朝鮮籍」の者にも「永住」(特例永住)を認めるに至り、さらに「特別永住」に一本化したが、2008年入管法改悪によって「一般永住者」に対する監視・管理を強化した。難民条約、人種差別撤廃条約等への加入により社会保障などの差別措置を一定是正した。しかし、在日の高齢者たちは国民年金の適用を除外され、ほとんど無年金状態に置かれている。老齢者支給金を支給する自治体もあるが、それも平均月額5千円にしかならない。また、朝鮮学校生徒への高校無償化適用除外をおこなうなど差別と分断政策は今も続いている。 五 東アジアの平和な 未来を築くために 1 東アジアは今、大きな転換期を迎えている。韓国では民主化運動の成果により、過去の歴史の痛ましい記憶を整理し、傷を癒すための「過去清算」が政府と民間次元で取り組まれ、2000年の南北共同宣言によって統一への展望が示される中、南北交流も大きく進展した。植民地時代、朝鮮戦争時、軍事独裁下で起こった強制動員被害、民間人虐殺、人権侵害などの真相を糾明し、その被害者らの名誉回復、賠償等の事業をおこなうとともに、「親日派」問題の追及が進んだ。これは未来を切りひらいていくためには過去を直視し、正しく総括しなければならないとの考えに基づくものである。また、試行錯誤しながら進められた南北交流の蓄積は、東アジアにおける戦争の雰囲気を抑え、平和体制を構築する礎としての役割を果たしている。 2 他方、日本は戦争責任追及においては天皇の責任を不問に付してきた。植民地支配についても被害当事者の訴えに真摯に向き合い、許しを請うこともしないままであり、朝鮮民主主義人民共和国との関係も正常化せず先送りしている。「村山談話」 (1995年)、「日韓パートナーシップ宣言」(1998年)、「日朝ピョンヤン宣言」(2002年)で、韓国・朝鮮に対し植民地支配によって「多大の損害と苦痛を与えた」と述べ、「お詫び」をしたが、行動は伴っていない。むしろ、「新しい歴史教科書をつくる会」が編集した、侵略戦争・植民地支配を美化する歴史教科書を検定、合格させるなど日本社会の歴史認識を後退させる策動に手を貸している。また、脱「冷戦」のプロセスが進みつつある東アジアにおいてなお軍事同盟にすがり、固執する姿勢をとり続けている。これでは東アジア共同体の構築はできないし、平和な未来を切りひらいていくこともできない。 3 今こそ植民地主義の清算に向けて、日本政府は、被害者に謝罪と補償をおこなうとともに、被害者とその犠牲を永遠に記憶に刻み、未来に向けて同じ過ちを繰り返さないための事業を進めていかなければならない。疑いもなく画期的な意義を有する2001年の「ダーバン宣言」は、奴隷制と植民地主義を非難し、再発防止をうたいはしたが、被害補償までは打ち出しえなかった。「日韓市民共同宣言」は「ダーバン宣言」を東アジアにおいて具体化し、それをさらに先に進めていくことを追求する。「ダーバン宣言」10周年の2011年に向けては、「東アジア歴史・人権・平和宣言」を策定していく。また、日韓市民は、朝鮮半島における脱冷戦、脱植民地主義の実現として南北分断の克服、統一をめざしていく。そのため日朝国交正常化、休戦協定の平和協定の転換を実現し、朝鮮半島の非核化を達成していく。そして、その上に東北アジア非核地帯の実現、非戦・平和共同体の構築を目指す。そのため日韓市民は連帯して行動を進め、平和な未来をともに切りひらいていくことを宣言し、以下に、私たちの要求と行動計画を明らかにする。〈次号に続く〉
太平洋戦争中に、韓国から富山市にある工作機械メーカー・不二越に強制連行され、強制労働させられた現在80代のハルモニ(おばあさん)たちが来日し、不二越に謝罪と補償を求めて抗議行動を行います。 彼女たちは、わずか12〜13歳で、学校や役所を通じて「女学校に行ける」「お花やミシンなども習えるし、お金も稼げる」とだまされ、「女子勤労挺身隊」として強制連行されました。不二越では厳しく監視され、粗末な食事で昼夜2交替の重労働を強いられました。もちろん、勉強などは一切できず、賃金さえも未払いのままです。不二越強制連行被害者は、社史に記載されているだけでも、少女約1090人、青年男性約540人にものぼります。 しかし、戦後65年たっても、加害者である不二越・日本国は、責任を居直り続け、被害者に向き合うことすら拒否しています。原告団23名のうち、すでに4人が亡くなりました。被害者が死に絶えることを待っている戦犯企業・不二越に対して、原告団は、戦争責任を取ることなしに企業展開はさせないと、世界に訴えています。この秋は不二越を追いつめる決戦として、全力で来日されます。私たちが、闘う原告団と心から連帯できるかが問われています。ご参加とご支援をよろしくお願いいたします。 第二次不二越強制連行・強制労働訴訟を支援する北陸連絡会 ※本紙17号、21号、22号にも関連記事を掲載。
12時 集合 JR新橋駅・汐留口 12時30分〜19時 抗議座り込み行動(住友ビル1階ロビー) ◆10月19日(火) 11時30分 集合 JR新橋駅・汐留口 12時〜144時 抗議座り込み行動(住友ビル1階ロビー) 富山事務局 富山市安養坊357-35 TEL 090-2032-4247 HP http://www.fitweb.or.jp/~halmoni/ E-mail halmoni_fujikoshisoson@yahoo.co.jp
旧ユーゴスラビアを舞台とする民族的・宗教的紛争が地域紛争と呼ばれる戦争に発展したのを見た時、ヨーロッパでは一方でEU(ヨーロッパ共同体)が進展しているのにこれはなんだと思った。ヨーロッパでは国家を超えて共同体が展開しているのにその裏庭というべきところでは民族紛争というべき戦争が起こっているのが衝撃だったのだ。そしてこの報道を見ながら、東アジアではこうした問題が解決されずに残っているのだと思った。EUをモデルにした東アジア共同体の基盤は確実に拡大しながら、民族間対立の問題は解消されずにある。僕は今度の尖閣列島周辺の海域での中国籍漁船の逮捕事件から生じた騒動でこのことを想起した。 心理的には 領土という観念を |
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