第26号(2010/10/10)●6面
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AT・Dさんのこと
 これとまったく逆に、医者嫌いで受診を忌避していた80歳代前半のおしゃれな方で、四苦八苦で家人が連れてこられた時、何とか気に入ってもらいたいと、「とても素敵ですね」と褒めそやしたのですが、3回目には来ず、聞くと「あの医者はスケベだ、私に結婚を申し込んでいる。だから絶対行かない」と言われてしまったケースもありました。

指を天に向けて

BK・Yさんのこと 80歳代前半
 夫が重度認知症で、最初はケアマネの紹介で、受診(後往診)されていましたが、夫の夜間徘徊と暴力で夫を入院させたあと、様子がおかしいと息子(一人息子)夫婦が本人を連れてきました。それ以前から、嫁に対し、被害的で激しい攻撃性を示すようになっていましたが、向精神薬を少量使用してみました。しかし、自分は病気でないと否定的で、服薬は不規則でしたので、なかなか落ち着かず、そのうち行動がどんどんエスカレートしていきました。
 嫁が自分の通帳から金をくすねた、と言って私の目の前でものをぶつけたり、飛びかかったりしますので、嫁も感情的になられ、暫く距離をおくように指示し、往診を続けていました。
 ある日、「先生、先生は細○数○と知り合いでしょう。私占ってもらいたいので紹介してほしい」と。どうしてそう思うの、と問うと「ここら辺で(と、指を天に向けて)してあげましょうか、と言っている」。ついては、と、「これが細○数○先生の分、これが、(と、さも惜しそうに)先生の分」と封筒を出されました。前者には15万、私にはその1/3!!「細○数○なんて知らないし、こんな金は受け取れない」と言っても、納得せず怒り出す始末。今後の関係性も考えて一旦は受け取り、こっそり息子さんに返しましたが、近所の内科医のところにも、缶コーヒーを山のように持って行ったり、大阪の知り合いの家に行くと言って一晩中歩きづめに歩いたり、……、で入院させました。一旦退院したものの、同様の増悪を示し、再入院となりました。病識、病感は全くなきに等しく、繰り返しになると思って、病院に通院させるように頼みました。
 女性としても小さな身体でしたが、とてもすばしっこく、行動的でパワフルで振り回されました。金銭感覚はとても鋭く、医療費の自己負担は二人分で月5000円未満でしたが、月2回の往診を1回に値切られました。嫁の件もあって通帳をを息子立ち会いで見せてもらいましたが、なんと1千万単位ありました!!占い師(細○数○)に比べ、精神科医のなんと価値の低さよ!!と嘆いたものです。
 気になって、その後を尋ねる(訪看・嫁に)と、通院は不定期になっていましたが、定年退職した息子さんが毎日泊まって帰るようにしてから(夫は入院継続)、随分と安定し、毎週受診するようになり、幻覚妄想はあるものの逸脱行動はなくなっているとのことです。やれやれ。

夫が浮気?

 初診時、90歳代後半。四国出身で現在は、次男夫婦と同居。元々非常に勝ち気な人であったよう。水や、食事をとらないで、嫁さんにものを投げたり、悪態をつき、昼夜逆転で、家族が疲弊しているとのこと。本人の疲弊もあり、往診に。
 声をかけると、布団から鋭い眼光で、「あんた誰?」と。そこへ嫁が登場すると、金切り声で怒声をあげる。やせと脱水があり、まず点滴と栄養剤を処方。訪看の導入をしました。共働き家庭で、次男夫婦は午後7時過ぎにしか帰れないので、その頃の往診を暫く続けました。
 元気になったのはいいのですが、攻撃性は治まらず、夜間はとりあえず寝てもらうこととし、少量の向精神薬使用。有効。
 そのうち、訪看より「今は本人が拒否してるけど、それまで週4日もデイナイトケアに行かせていた。こんな高齢者に先生、酷ですよお!!」との報告。正月にも往診を頼まれ行ってみると、嫁さんには暴言暴力、ひ孫を連れた孫娘達にもものを投げる、等激しい、激しい。どうも「食事、お茶に毒が入ってる」ということらしい。
 次男さんより「どうも私を父=夫と思っているようだ」。自分の歳は60歳代に言うし、次男の嫁はそうすると……二号さんだ!!孫娘は三号、四号さん、ということか。
 人物誤認は、初診前に聞いていましたが、弟、下男、孫、嫁を母親と行ったりする、とだけ聞いていたので、単なる混乱によるものと思っていましたが、この正月にはグッと収斂してきていたと思えば、すべてが納得できました。
 次男夫婦のどちらかが家にいれば、という話は簡単ですが、それぞれの事情があるでしょうし、詮ないことです。自分は60歳、夫のその頃の風貌に似てきた次男、1週間に4日のデイナイト、疲れ果てたんでしょう、ふと見ると、「妻」の自分以外に「変な女=嫁=実は次男の嫁」がいる。要らん人のように、自分がいつも外に放り出されている、お茶や食事がおかしい時があった、等が結びつき、あの変な女が毒を入れている、ということになっていったと思うに至りました。(あまりにきれいに解釈出来すぎてる?)
 ひ孫にも被害が及びかけたので、やむを得ず入院させました。
 その後は、急速に落ち着き、多少の人物誤認はあるものの、面会の嫁にも感謝を示されるようになっているとのことです。

近所の人が…

DG・Mさんのこと
 これも往診初診のケース。80歳代前半、O県出身、一人娘夫婦と同居中。幻視、幻聴がひどくなっていて、夜中に叫んだりするので、受診させたいが、本人が受診を拒否するので往診の要請。
 訪問すると、窓、戸を閉め切り、カーテンをキッチリ閉め、ぶら下がる蛍光灯の下のこたつにチョコンと座っておられ、大小便の異臭が濃く、ジトッとその湿気が畳、布団から上がってきます。私物の衣類等がところかまわず積み上げられ、座る場所も困難。何とか話を聞いてみますと、「近所の人がここにいつも集まってくるから、ここから出られない」「近所の人が自分の悪口を言っている、噂をしている、のぞかれている」「自分の仕事をじゃまされる」「騒がしくて眠れない」等、被害妄想や幻視、幻聴が活発。向精神薬と当院認知症デイケアと、訪看の導入の方針でしたが、拒薬があり、受入れのよいときと悪いときがあり、連れ出しは困難でした。失禁の更衣もまったく受け付けず。濡れた布団の上での生活が続き、水分補給も不十分、そのうちに熱発、治まらず、肺炎の恐れもあり、入院としました。入院時の抵抗はそれは激しいものがありました。
 生活史では、20歳で結婚し一女生んだものの、夫に愛人がおり、すぐに離婚、実家に帰り、母親、妹、弟、娘と同居。娘さんは、本人が働きに出て、祖母にずっと育ててもらったので、母は怖い人という記憶しかないとのこと。本人は50歳過ぎまで働き、勤め先でトラブルがあり、退職。その後、53歳で年金暮らしに入りました。母親と二人暮らしになってからは、母親を叩くなど虐待していたようで、その介護を巡って兄弟とももめて、疎遠になってしまったとのことです。一時、大阪に母親と引っ越してきたものの、なじめず、O県に戻ったものの、近隣ともめ事(自分の悪口を言った)が絶えず、結局60歳前にして、大阪の娘夫婦と同居することになった次第です。
 その後、若干のエピソードがあり、72歳時に脳梗塞入院(大きな後遺症なし)。78歳時に大学病院の待合室で様子がおかしいと連絡が入り、精神科受診するも、拒薬があり、更に上記のような精神症状の活発化に耐えられず、家人が思いあまって市役所に相談、往診してくれる医者ということで、私に依頼が来たのです。
 このケースなどは、脳血管性認知症ではあるものの、随分昔から精神疾患のエピソードがあったものと考えられます。(つづく)
(中見出は編集部がつけました)


(5)

 連日暑い日が続いていますね。土工や片付け等の野外の労働は大変ですね。野外で立っているだけでもクラクラします。私も土工や片付け、鉄筋工等の仕事をしたことがあるのでよく分かります。
 滋賀刑務所ではカーペットやビニール系の床材の見本帳を作成する仕事をしております。5ヶ月余りが過ぎますがやっといろいろな工程を理解することができるようになりました。見本帳一つを作成するのにも多くの人々の手を経なければならないことを知りました。私が携わった見本帳が社会に出回っているだろうことを思うときもあります。
 私の残刑は5ヶ月となりました。せみ時雨は少し弱くなってきました。赤とんぼが飛び、夕方からはコオロギが鳴き始めました。朝方まで鳴き続けています。季節は秋に変わりつつあります。虫たちがそれを知らせてくれます。暑さに負けずお互いがんばりましょう。
 Sさん、Hさん、中川弁護士の準備書面を読みますと、損害賠償等請求事件とありますね。勝利することを願ってやみません。がんばってください。舞洲団結組の皆さん、助け合って生活して下さい。西成区役所の嫌がらせに負けないで下さい。炊き出しの会の皆さん、暑い中、毎日お疲れ様。がんばって下さい。私も弾圧に屈することなく獄中でがんばりたいと思っています。

8月28日(土)午後8時 コオロギの鳴く音を聞きながら。


 Yさんの生活保護の申請、認められるといいですね。刑務所から釈放されてすぐに仕事が見つかる人は少ないと思います。まず、生活保護(もちろん居宅保護)で生活しながら求職活動をする。病気の人は病気を治してから求職活動をする等、次に進む道を開けてゆく。あせらずにね。
 ところが福祉事務所は本人をせっついて「早く仕事を見つけなさい、そうでないと保護を打ち切る」とおどします。保護を打ち切ったら野宿するしかないでしょ。その人にとって何の利益にもならない。福祉事務所の役人は根本から考えを変えないと不幸の繰り返しになることを知らなければなりません。
 貧困ビジネスを泳がせながら生活保護の受給者のみを責めてきたことを役人たちは謝罪し反省しなければなりません。ところが役人たちは反省するどころかより陰険に締め付けを図っているのが実態です。生活保護を受けている人々の団結が要となりますね。

8月29日(日)快晴の空の下で



 (略)話は変わりますが、現在私の髪型は「前5分刈り(まえごぶがり)」という髪型です。滋賀刑務所で一度「原型刈り(げんけいがり)」(長さ0.2センチメートル程度に刈り上げるもの)にしたことがありました。鏡に映った顔が自分でないような顔でしたのでそれ以後は五分刈りにこだわっています。11月に入ると残刑期が3ヶ月以内になるので、そうするとここの規定によると申し出により長さ5センチメートルまで髪を伸ばせる中髪刈り(ちゅうはつがり)が許可されます。もちろん中髪刈りにしますよ。 (略)
 ちょっと秋の気配を感じます。でも獄中(房)の日中は相変わらず暑いです。6月に官で申し込んだ「大逆事件」や「ルリカミキリムシの青」等の本がまだ届きません。ここはゆっくりしてます。
 パソコン教室は結局入ることはかないませんでした。貼り出された募集要項には残刑がほぼ6ヶ月ある者と書いてありました。私は5ヶ月足らず。そこで申し込みをあきらめました。(略)

9月11日(土)



 今日は秋分の日で昼から特別食(おはぎのおやつ)がでます。最近房内に入るようになった献立表(1ヶ月ごと)の欄外に書いてあります。
10月には運動会があって、私は4人一組みのムカデ競争に出ます。この運動会、去年は私の居る第二工場が優勝していて工場に立派な優勝旗が飾ってあります。若い人たちは連続優勝を狙っています。私の居る工場の最高齢者は77歳。私も負けてはいられません。足がもつれるムカデにならないようにガンバリます。(9月23日)
滋賀刑務所の運動場で30分程度ではあるけれども連日練習に励んでいるときのこと。若い受刑者が「ガッキーナのムカデ競争はメッチャ速かったで」「ガッキーナ、速かったで」と私の方を見て叫んでいます。私は何のことかとその人たちの方を見ていると「ガッキーナは稲垣さんのことですよ」とこれも別の人が教えてくれました。この愛称はタレントのユッキーナをもじったものとのこと。
私たちのチーム4人は特に調子にのってしまい、もっと速く走ろうとしましたが足がもつれて4人ともズデンドウと倒れこみました。私は2番目のムカデの足をしていましたが、運悪く先頭の人の腰骨あたりに横腹を思いっきり打ちつけ、息の詰まる思いと激痛ですぐには立てませんでした。その日の夜、寝返りも打てない状況になり、消灯就寝ののちもしばらく布団の上に座っていました。運動会までに治るでしょうか。(略)
辻元清美さんにはちょっと失望しています。でもこれまで色々とお世話になったのでそのことは忘れないようにしなければならないと思っています。
少数野党は与党に利用されるだけです。社民党が普天間基地の問題で民主党から切り捨てられたことで分かると思います。人民大衆に対してあいまいな態度をしていたら、政権にすりよったら、ますます信じられなくなってしまうことが分からないのでしょうか。日本共産党が不人気なのも、志位委員長がアメリカに行き、共産党は柔軟性があると見せかけたことが人民大衆から不信をかったことになっていると思います。
私たちはこれを反面教師とし、ぶれずに突き進むことだと思っています。がんばりましょう。(9月25日)
これで今月4通目。もう出せません。胸の痛みは少し楽になってきました。

9月26日(日)


書評

新しい労働社会 A
 ―雇用システムの再構築へ


濱口桂一郎著、岩波新書 

2「日本型雇用」について

 著者が「日本型雇用システム」の特徴として、長期雇用制度(終身雇用制度)、年功賃金制度(年功序列制度)、企業別組合の3つで「三種の神器」としていることを整理します。
@著者は、「日本型雇用システム」の特徴として、「職務のない雇用契約」としています。
 労働契約で、どういう種類の仕事、労働をするか決めていないといっています。ヨーロッパやアメリカでは、特定された労働の種類、職務(ジョブ)を雇用契約ではっきりさせます。自動車の組み立てライン作業とか、会計帳簿をつけるとか、自動車の販売をするとかということ、そして勤務場所が決められます。日本は、職務という概念が希薄であり、企業・会社に就職するという形で職務ではなく「メンバーズシップ」なのだというのです。
 著者は、「日本型雇用システムの特徴とされる長期雇用制度、年功賃金制度、企業別組合は、すべてこの職務のない雇用契約という本質からのコロラリー(論理的帰結)として導き出されます」と結論づけています。
A長期雇用制度(終身雇用制度)。著者は、「アメリカという例外を除けば、ヨーロッパやアジアの多くの社会では使用者の解雇権は制約されています。しかし、雇用契約で定められた職務がなくなったのであれば、その解雇は正当になります」ということで、日本は「ある職務に必要な人員が減少しても・・・、他の職務に異動させて雇用契約を維持することができます」、また出向とか転籍で「他の企業(子会社、関連会社など)において雇用を維持する可能性が追求される」、それは企業の「メンバーズシップの維持です」ということです。
B年功賃金制度(年功序列制度)。職務を特定して雇用契約をするのであれば、「職務ごとに賃金を定めることになります」、そして「その賃金額が自動的に上昇するということはありません」ということです。「実際にはある職種の中で熟練度が高まってくれば、勤続に関係して上昇することもありますが、賃金決定の原則が職務にあります」ということ、これが「同一労働同一賃金原則」と呼ばれるものです。
 しかし、日本の雇用システムでは「雇用契約で職務が決まっていない」ので、「賃金と職務は切り離して決める」ことになる。多く用いられる指標は「勤続年数と年齢」です。これを「年功賃金制度」といいます。勤続と年齢が同じであれば、すべて同じかというと「日本の賃金制度は、年功をベースにしながらも、人事査定によってある程度の差がつく仕組みです」ということです。
C企業別組合。日本以外の社会では、「職務ごとにおこなう」ので、「どの企業に雇用されていても同じ労働条件」、従って「団体交渉は企業を超えた産業別レベルで行われる」ことになります。これに対して日本型雇用システムでは、「職務ごとに交渉することは不可能」であり、「賃金額は個別企業における勤続年数や年齢を基本にして決める」ことになります。
 著者のまとめは、「長期雇用制度の中で、経営の悪化にどう対処するかとか、労働者の異動をどう処理するかといった問題に労働組合が対応するためには、企業の組織である必要があります。この必要性に対応する組織形態が企業別組合です」とのことになります。

3著者のいう「メンバーズシップ」も
 崩れてきています。

 管理職ユニオン・関西の活動を始めたとき、バブル崩壊後の時期でリストラ対象になった中高年齢管理職は、企業内組合から排除され、取締役や部長などの上司から命令される立場におかれていました。彼らは、リストラ解雇の対象となり、その前に強制的な遠方配転・出向、職種のまったく経験のない事務や現場労働から営業職、その逆の辞令が乱発されていました。時には不可能な仕事量の押し付け、仕事の取り上げ、いわゆるいじめ・パワハラによる退職勧奨の強要がありました。辞めざるを得ないように追い込む、ストレスが溜まり精神的病気になるなど、私から見る「不当」がまかり通っていました。
この「日本型雇用システム」の中高年齢正社員層がリストラのために、「職務のない雇用契約=メンバーズシップ」が悪用されることになりました。(次号につづく)

管理職ユニオン・関西 仲村 実 


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