第32号(2011/2/5)●6面
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チュニジアからエジプトへ
アラブ諸国に広がる民主革命の大波


独裁政権を打倒した民衆革命

 民衆の反政府闘争が北アフリカから中東に至るアラブ諸国を席巻している。たたかいはチュニジアから始まった。同国では1987年、クーデターで政権を奪ったベンアリ大統領の治安部隊や秘密警察による独裁政治が23年も続いてきた。しかし昨年12月、失業青年の抗議の焼身自殺に、庶民の怒りが爆発した。最初のデモが中部の都市シディブジドで12月17日に始まり、すぐに他の都市に拡大。人々は14%もの高い貧困率や物価上昇、腐敗政治に、もう我慢ならないと決起したのである。
 年を越えて続く大統領退陣要求の声に、今年1月13日、ベンアリ大統領は次期大統領選に出馬しないと声明。また食料品の価格引き下げなどの経済対策や、報道の自由などを発表した。しかし民衆の怒りは治まらず、同日もチュニスでは、治安部隊との衝突で十数人が死亡した。大統領は翌日、国営テレビを通じて非常事態宣言を発表したが、同日、首都チュニスでは8000人が決起。軍部も民衆に味方し、ベンアリ大統領は、同日ついにサウジアラビアへ亡命した。

闘いはいま始まったばかりである

 チュニジアの政変は胎動しつつある長期独裁政権に抵抗する全アラブの民衆決起の序章である。いま、北アフリカから中東にいたるアラブ連盟諸国において、民衆の抗議行動の波が次々と沸き起こっている。それはそれらの国々が同じ問題を抱えているからである。深刻な貧困が続いているにもかかわらず、ほとんど放置されてきた。また治安警察や軍によって民主的自由が奪われてきた。
 ところが今回は若者たちが中心となって起ちあがった。それがインターネットを通じてアラブ諸国に広がっている。
■アルジェリア
 アルジェリアでは、法律で街頭デモが禁止されているにもかかわらず1月7日、8日にデモが行われ警察の銃撃で2名が死亡したと伝えられる。また22日には、首都アルジェで約300人が「ブーテフリカ大統領出てゆけ!」「自由で民主的なアルジェリアを!」などと叫んでデモを行い、武装警官隊と衝突した。
■ヨルダン
 インフレ率が年6%にもなるヨルダンでは1月16日、首都アンマンで政府の経済政策に抗議する3000人以上のデモがあった。デモは「チュニジア人が苦しんでいるように我々も苦しんでいる」と訴え、リファイ首相の退陣を求めた。また28日には金曜礼拝のあと、街頭に出た数万の人々が大挙して政府へ抗議のデモをおこなった。
■オマーン
 1月17日、首都マスカットで物価高騰と政府の腐敗に抗議する数百人のデモが行われた。オマーンで政治集会やデモは法律で禁止されているが、この日は警察も解散させなかった。
■イエメン
 アラビア半島最南端のイエメンでも22日、32年続くサレハ大統領の退陣を求める街頭デモが警官と衝突した。27日には首都サヌアで数万人規模のデモが市内大通りを埋めつくした。

エジプトに燃えあがる巨大な火柱
 ―アメリカ支配の崩壊の始まり

 そして遂にアラブの「大国」エジプトにもたたかいの火が燃え広がった。
■25日に数千人規模で始まったデモは、以後毎日、ムバラク大統領の退陣を要求した。大統領はこれを拒否。治安部隊を投入し催涙弾、ゴム弾、実弾で徹底的に弾圧した。30日までに死者100名以上、負傷者4000名と伝えられる。
■26日、スエズの政府庁舎が炎上、与党国民民主党のビルにも火焔ビンが投げ込まれた。
■27日、政府はインターネットを規制し、携帯によるネット利用ができなくなったが、街頭デモは続いている。
■28日夕方から朝までの外出禁止令が発令されたが人々は動じない。カイロの国民民主党ビルが炎上。全国数十カ所の警察施設が放火された。
■29日には内閣総辞職を発表。大統領は責任を内閣に押し付け、辞任を拒否。
■31日午後にはデモは10万人に達した。
■2月1日、全土で100万人がデモに参加、ムバラク大統領は深夜、次期大統領選不出馬を表明したが民衆は即時退陣を要求。
100万人デモが行われた2月1日の深夜、
国営テレビで9月退陣を表明するムバラク大統領


この闘いに東アジアから合流しよう

 この闘いは長期独裁政権に対する民衆の怒りの表現であるとともに、「反テロ戦略」のもとに軍事支援を続けてきたアメリカ支配の崩壊の始まりである。アラブ民衆の闘いは沖縄・東アジア民衆の闘いに限りない勇気を与えている。北アフリカから始まったアメリカ帝国包囲の闘いに、東アジアから呼応し合流しよう!



その1
はじめに
 
 防衛計画の大綱とは何かというと簡単に言えば向こう10年の間に自衛隊が戦うべき相手(自衛隊で言うところの仮想敵)を特定して、戦争計画を作り、それにあわせて買う装備(武器、車両、航空機、船舶などなど)や必要な人員数、部隊(新規編成や廃止など)の目標を掲げ、国民に対し「この国と戦争になるかも知れへんから、こういう計画を立てるさかいこれこれこんだけ税金を使う予定やで、協力(血税込み)してや」と要求してくる文書である。
 まず一番重要なところはどこか、それは自衛隊の第一番の敵は中華人民共和国(中国)である、ということだ。さもありなんという人もあれば「朝鮮民主主義人民印共和国(北朝鮮)じゃないの」とたまげる人もいるかもしれない。
 12月18日に新防衛大綱が発表されてから5大紙を中心に「中国脅威論」がビシバシキャンペーンされている。いわく「中国軍が離島上陸計画」(12/30朝日)「中国の海洋戦略本格化」(1/4読売)などなど。
 そのほかにもいくつか「基盤的防衛力から動的防衛力へ」「南西正面重視戦略」などのキーワードがうたわれている。以下キーワードに基づいて簡単に解説を試みてみよう。

南西正面重視戦略

 まず防衛力の役割として7項目が挙げられている。
 ア周辺海空域の安全確保、イ島嶼部に対する攻撃への対応、ウサイバー攻撃への対応、エゲリラや特殊部隊による攻撃への対応、オ弾道ミサイル攻撃への対応、カ複合事態への対応、キ大規模特殊災害への対応、となっている。
 前回大綱(5年前)と比べてみよう、ア弾道ミサイル攻撃への対応、イゲリラや特殊部隊による攻撃への対応、ウ島嶼部への侵略に対する対応、エ周辺海空域の警戒監視及び領空侵犯対処や武装工作船等への対応、オ大規模特殊災害への対応、となっている。
 5年前の大綱のア、イが順位を下げてウ、エと入れ替わっているのだ。
 そしてウエイトはすでに5年前から下がっていたが「本格的な侵略事態への備え」が項目ごと削除されている。
 つまり、日本の国土を占領するために侵略戦争を仕掛けてくる国はもうないよ、と言っているのだ。かわりに南西諸島の沖縄や先島諸島の海域を中国海軍が突破するために離島に攻撃を仕掛けてくるからそれを防御して、占領されたら反撃して奪回する。これが今後の自衛隊の主要任務であり日々の訓練、演習の中心に据えられるということなのだ。
 先走ってしまったが「なんで南西諸島が侵略されなあかんの」というウチナー軽視というわけではないが至極もっともな疑問を誰もが持つだろう。
 こころみに地図に九州から沖縄、先島諸島、をとおり台湾まで線を引いてみよう。「あれっ」ところでこの防衛線は何を守るためにあるのだという疑問が出てくる。またもウチナー軽視というわけではないが日本本土とはまったく関係ないのだ。
 この線が昨今マスコミに登場してきている「第一列島防衛線」といわれる線である。これに日本列島を加えると中国南部を除いて黄海を封鎖しているように見える。由来は中国の「対米防衛線」から来ているといわれる。しかしそれは中国とアメリカの問題ではないのか、大綱ではもっともらしく日本の防衛であるかのように語られているが。
 昨年12月31日の産経新聞には「中国原潜 第一列島線突破 日米警戒網の穴を突く」という記事があった。
 内容は中国の原子力潜水艦が09年2月ごろ宮古島、与那国島の間を日米監視網に探知されずにすり抜けグアム島を偵察されたという記事だ。完全に大綱のちょうちん持ちだが「西南正面重視」の内容が具体的にわかる。
 自衛隊は「自衛」はさておいて日米安保を根幹におき米国の防衛のためその最前線の一角を担う。極論すればそういういびつな「国防軍」の姿が現れてくる。
「それマジ、ヤバクネー」という大衆の声が聞こえてきそうである。
(つづく)

 

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