第36号(2011/6/1)●6面
HOMEへ

いいだももを追悼する

来栖宗孝(元東海大学文明研究所教授) 


 いいだももは二〇一一年三月三一日、長年に亘る闘病の末、八五年の生涯を終えた。いいだももと敬称抜きで語ることをお許しいただきたい。「先生」とか「大人(うし)」とか呼べば、彼自身が吹き出すであろう。
 私は、彼と直接の知友となる前から、日本の左翼には珍しい、視野の広い、事物にゆとりをもって接し得る、豊かな心情の評論家として彼の著作を評価していた。
 老齢・健忘症の初期にある私は、もう記憶が定かでないが、一九八〇年、遠坂良一が逝去したとき、いいだが朝日新聞に、茨城県が戦後輩出した三人の真当(まっとう)な共産主義者として、梅本克巳、遠坂良一、山口武秀を掲げたことに感謝し歓喜した。
 梅本克巳(一九一二〜七四)は、第二次世界大戦における日本の敗戦後、『主体性の哲学』、正しくはマルクス主義思想における主体性の回復・獲得を最初に説いた哲学者であり、一九四九年、アメリカ占領軍によって「レッド・パージ」された大学教授であり、共産主義者であった。
 遠坂良一(一九一三〜八〇)は、戦前から農民運動に入り弾圧され、戦後茨城県における共産党組織を再建した功労者である。
 山口武秀(一九一五〜一九九二)もまた、戦前から一貫して農民運動に活躍し、彼の指導した常東農民組合は日本最大・最強の農民運動を展開した。
 三人とも生年が近く、ともに共産主義者として親密であり、また、誤った党中央に盲従せず除名された共通性をもっている。
 この三人と直接関係のあった者は今では私くらいであろう。何も私が「偉い」のではない。三人を知る者が次々と世を去って残ったのはいいだと私だけになり、そのいいだもいなくなってしまったからである。
 特に、梅本克巳につきいいだは、『21世紀の〈いま・ここ〉―梅本克巳の生涯と思想的遺産』(二〇〇三年、こぶし書房)という名著を著している。
 こうして「梅本克巳二五周忌」の集会で、いいだと私は胸襟を開き語り合ったのである。
 これは周知に属することで、いいだは、府中一中(なぜ都立一中といわないのか不思議である)―(四修で)一高―東大法学部(旧学制)という典型的エリート・コースを歩んだ大秀才である。(音楽の分野でいえば、ヴォルフガング・アマデウス・モツァルトのようなものだ。アマデウス(Amadeus=《ドイツ語で》Gottlieb「神の愛する」)そのもののとおり)
 天賦の資質才能は、何という才気煥発、才能絢爛、そして何というその浪費、濫費、分散、不徹底であったことか!
 私の彼の著作紹介のときの通用語だが、速読即解、博学多識、博覧強記、速書健筆、言説湧出、多作多産(まさしくモツァルトだ!)であった。そして同時に、誤字・脱字、ミス・プリントの多出、私が不徹底と記したのもこのためである。このミスが彼の評判を落としたのは否めない事実である。
 一生の間に、単行・共著併せて一〇〇冊に及ぶ著作・随想を出しつづけた。
 なぜこうまで焦り、走りに馳ったのか。
 思うにこれは彼のエリート・コースとそれを可能にした天賦の才能のもたらしたものであろう。ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)の観念に、意識的無意識的に促迫されていたのであろうと私は感じている。
 いいだももよ、もう全力疾走をしなくともよい、静かに休みたまえ、全力を搾って一生を駆け抜けた君よ、ミケーネ文化の故地で休みたまえ、本当にお疲れ様でした。 (二〇一一・四・一五)


同志であり先輩であった、
いいだももさんの死を悼む

仲村実(管理職ユニオン・関西専従) 


 2年前の2009年6月10日、私の活動する管理職ユニオン・関西の理論学習会にいいださんに来てもらった。体調が悪く、奥さんの玲子さんも同行で、話の冒頭「私も83才の大老骨になりまして、今日の私の話は私の政治的遺言になります」と切り出した。これまでのいいださんからは想定外の短い話でした。その後、病状の悪化もあり政治活動、政治的発言は停止されていました。
 私が教えられた先輩、親しく同志としてつき合わさせていただいた方々に、いいだももさんがいました。共産主義者の建党協議会(建党協)で、すでに亡くなられた寺尾五郎さん、山川暁夫さん、井上清さんらと出会い、いいだももさんと出会いました。

 建党協の創刊号(1986年6月15日号)で、ももさんは“革命の入り口と出口”の見出しで、キューバ革命のゲリラ闘争が最初3名で始まったことが入口、「バチスタ打倒される直前の瞬間には、300名の反革命組織のキャップが全部カストロ党員であった。これが出口です。(建党協の)皆さんの御成功を期待します」と記していました。ももさんとの出会いは建党協の結成後少し経ってからで、失礼ながら強烈な印象は残っていません。
 1994年には、寺尾五郎さんを団長とするソ連崩壊後の“ロシアに佇む旅”をももさん夫妻とも共にしました。
 接近は、1995年の建党協が“建党協”継承の私たちと、山川さんらの“建党同盟”との分裂後でした。この頃、ももさんの建党協への関わりが本格的になっていく過程と重なります。全国会議や合宿で情勢分析や方針提起、“いいだ節”“ももさん分析”を聞くことになりました。亡くなられた山川さんとは分裂後も親しくお会いし、意見交換や議論もよくしました。そうした話、再団結の相談をももさんに話したこともありました。その矢先に山川さんが突然亡くなられました。
 建党協から共産主義協議会・未来(コム・未来)へ、ももさんはその結成総会では、開会宣言をされるまでの位置となっていました。

 私が柳本争議の解決後、1997年に管理職ユニオン・関西の専従になって以降は、労働運動・労働者運動の方針について意見を聞きに行ったこともありました。
 管理職ユニオンの理論学習会にも2回来てもらいました。2006年10月28日「現代恐慌論」、この話は大当たりとなりました。2回目は、2008年9月15日の休日「21世紀の経済問題」の仮テーマで執行部理論学習会でした。この学習会は、ももさんのすっぽかしとして忘れる事ができません。開始の午後2時前になっても来ないし、もちろん携帯電話など持つ人でないし、2時過ぎに自宅に電話すると奥さんの玲子さんが出ました。「ももさんは、何時ごろ出ましたか」と訊ねると、「今、家にいます」という事で、完全に忘れてしまっていたのです。怒っても始まらないし、もものさんの平謝りに仕方なく私が緊急に話をしてみんなで意見交換ということでしのぎました。
 そのお詫びで体調がすぐれない中、断っても来るということになった「政治的遺言」の話となりました。
 ももさんとの最後は、私に会いたいといっていると連絡を受けて、この3月25日午後1時藤沢駅について、奥さんの玲子さんに迎えに来てもらい、ももさんを施設に訪ねた時です。玲子さんが持ってきた果物を“うまい”と何度も食べるのです。聞かされていた状態よりは気分はよさそうに見えました。玲子さんが過去の話をすると、ももさんは「もういい(いらないということ)」と怒りさえぎる。私が今やっている管理職ユニオンやNPOの活動のこと、革命21準のオルグ計画、関西生コンのストライキのこと、これから先のことを話すと、うなずき合槌をうつ。玲子さんが足をさすり、私がももさんに話し続けるという具合でした。疲れたのかももさんが眠ってしまいました。訪問から2時間程が経っていました。延命治療を拒否したももさん。安らかな眠り顔が最後の別れとなりました。

 ももさんの分厚い本は、何冊もあります。長文の本が多い。とにかく私が読むのも大変、きっちり読んでないのもある。「ももさんの本は、現場の労働者、活動家でも読むのは無理だ」と何度も言った。「これまで出した本を10分の1に圧縮して、ももさんのエキスの本にして」と何度も頼んだことを思い出す。私が何度言っても実行してくれなかったのです。
 プロレタリア革命をこよなく愛し生涯をかけ、書き続け語り続けたももさん。きっちり読まなかったももさんの本を時々開いて、またお会いするつもりである。 合掌。


「変革のアソシエ」第3回総会報告

 変革のアソシエ第3回年次総会と記念シンポジウムが、5月21日、大阪の協同会館アソシエ3階で開催された。
 武建一共同代表による開会のあいさつで始まった総会は会計報告、新年度のプラン、人事などを決め、討議・確認の後、議案は可決された。
 昨年提起された「列島をつなぎ、アジアと連携する」というテーマはアソシエ沖縄会員が別途の国際シンポジウムを中国・韓国からの研究者を迎えて沖縄大学で開催されている。今年度はこれに学び、東アジアを軸とした研究・運動の連携を追及する。
 また関西の共同代表、呼びかけ人、協賛団体と協力しあって、関西の運動の充実を期す。今回、特に3・11大震災後の列島のあり方を問う民衆の行動にも変革のアソシエとして積極的に参加してゆくことなどが確認された。
 またこれと並んで、地方においても研究会や講座の開催を追求してゆくことが確認された。
 講座内容において、ひとつのエポックとなるのは、文化的方面での模索がなされていることである。試みられたいくつかの案の中に、川柳講座、民衆の歌講座などがあったが、それらが提案にまでは到らなかった中で、朗読講座の開設を実現することができた。
 総会後のシンポジウムでは伊藤誠共同代表の司会で、本山美彦共同代表、および河村哲二さんによる講演、質疑などがあった。詳細はホームページを参照されたい。

http://homepage3.nifty.com/associe-for-change/
 

HOMEトップへお問い合わせプライバシー・ポリシー
革命21 Copyright (c)2008 All Rights Reserved