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イスラエル大使館前 1月10日13:30〜
 この日、大使館前には「九条改憲阻止の会」の呼びかけにおよそ100名が集まり、イスラエル軍のガザ攻撃に抗議し、抗議文を読みあげた。主な発言内容は以下のとおり。

ガザ地区に対する大規模な爆撃を始めたのは昨年12月27日です。そして、今日まですでに800人以上の人たちが殺され、3500人以上が怪我をしています。ガレキの下敷きとなって、あるいは病院のベッドの下に転がったままで死んでいっています。これをイスラエルはガザからロケット攻撃があったから反撃したのだと言っている。11月にはイスラエルとハマスとの間で停戦協定が結ばれていた。その停戦協定が切れる前にイスラエルはガザ地区に砲弾を撃ち込んでパレスチナ人5人を殺した。これがきっかけとなってハマスや武闘派も攻撃を再開した。これは明らかに挑発ではないか!きっかけを作ったのはイスラエルの方だった。イスラエルは「テロリストがいる」といって学校やモスクに爆弾やミサイルを撃ち込み続けた。国連から停戦の勧告が出されたが9日のイスラエルの閣議ではこれを無視し攻撃の拡大を決定した。この攻撃が止むまで抗議行動を続けて行こう!

今日でイスラエルによるガザへの空爆から2週間が経った。国連の停戦決議に対してイスラエルは無視し攻撃を強めている。イスラエルは「自衛のための平和の作戦」と表明している。6日には国連パレスチナ難民事業機関の運営する学校を砲撃し避難民40人以上を殺している。国連の人道支援物資運搬トラックやこどもたちの乗るスクールバスも砲撃している。こうしたイスラエルのガザ住民への虐殺を許してはならない。
 本格的地上戦に踏み切って以降、イスラエル内部でも作戦失敗の可能性の指摘もされている。この攻撃は来月2月8日の総選挙に向けたオルメルト政権維持のためのパフォーマンスであった。ガザの住民150万人のおよそ4分の3が国連の人道支援を受けなければ生きていけない飢餓線上にある。イスラエルのこの行動に、日本も欧米も加担してきた。毎日新聞1月7日の社説では「これは自衛だと言ってはなぐり続ける。血まみれになった相手が抵抗したと言ってはまた馬乗りになって殴る。終いにはこぶしだけでなくバットやゴルフクラブで殴り続ける。通行人は見守るだけ。警察官は自衛のためだから仕方ないとすましている」と例えている。このようなことがまさにおこっている。私たちは傍観者であってはならない。
 イスラエルは1967年以降、ガザ、ヨルダン川西岸地域を占領し続けている。また占領地域の120カ所にユ50数万のダヤ人が入植活動を続けている。またそれらの占領地域の境界線に隔離壁=アパルトヘイト・ウォールを建設している。2004年のハーグ国際法廷では国際法違反としてただちに壁を撤去するよう勧告している。イスラエルはこれを無視している。450万人のパレスチナ難民の帰還も認めない。私たちはこれを見て見ぬふりをしてはいけない。

現在のイスラエルがやっていることは、彼ら自身が60年前に受けたホロコーストと同じことをやっている。彼らはナチスにやられた。しかし今や彼ら自身がナチスになっている。ガザ地区の150万の人々を問答無用で殺そうとしている事を許せない!冷静になれ、イスラエルの人々よ。虐殺をやめよ。

 なお、イスラエル大使館への抗議行動はこの日の他にも様々な団体によって何度も行われている。写真ページへクリック!


ガザに光を! 1月10日 15:30〜芝公園
 多くの団体・個人が集まり、芝公園23号地は1500名の参加者で埋め尽くされた。

JVCから
ガザの友人からの電話情報によれば、登下校の時間に爆撃され、多くのこどもたちが犠牲になった。爆撃はまだ続いている。電気が止まっている。女性たちは服を洗濯することもできない。店が全て閉まっていて買い物もできない。交通手段もなく病人のお見舞いにも行けない。携帯電話もなかなかつながらない。またボランティアのスタッフもそれぞれちりじりになっていてお互いに連絡がとれず無事かどうかも分からないとのこと。またガザから日本人へのこれまでの支援感謝するメッセージが読み上げられた。また幼稚園のスタッフからはこどもたちへのミルクの供給への感謝と、ただ平和に暮らしたい、それだけが望みであるとのメッセージが伝えられた。

日本パレスチナ医療協会から
これは戦争とは言えない。犯罪である。パレスチナでは爆撃が始まる前にすでに電気もガスも石油もあらゆるものが止められていた。地中海には処理できない下水が流れ込み、病院には薬がない。そこに攻撃が始まった。ガザの住民はガラスが割れると危険なので寒いなか窓を開けたまま室内の壁に寄り添って攻撃を逃れている。救急車が攻撃され、ガレキの下敷きの人々も助けられず死んでいっている。国際社会は戦争を止めようとせず、このイスラエルの犯罪に加担している。この犯罪が止むまで私達は抗議行動を続けよう!

YWCAからはパレスチナYWCAの声が伝えられ、またパレスチナ子どものキャンペーンからも現地の状況が伝えられた。このあとデモ行進に移り、参加者は思い思いの言葉を綴ったプラカードやガザ現地の写真や旗を持ち行進した。写真ページへクリック!


ガザに光を!シンポジウム 1月10日 聖アンデレ教会
高橋和夫さん
放送大学教養学部教授
国際政治学者
専門は国際政治学、中東研究

<発言要旨>

●日本の抗議行動に中国も注目

 27日にイスラエルの攻撃が始まった時、私は中国にいましたが、駐日イスラエル大使館前で日本に住むイランのこどもたちが「もう殺さないで」とペルシャ語と日本語で書いたプラカードを掲げていたAFP配信の写真が中国の新聞のトップで大きく扱われていたのを見ました。日本に帰ったら自分一人でも抗議行動をしたいと思っていたが、幸いにも私以外にも1499人の人が参加してくれ、嬉しく思います。

●選挙のために戦争するイスラエル

 なぜ今回の攻撃が12月27日に始まったのか。よく言われるのは、ブッシュのようなイスラエル寄りの立場から、オバマ新大統領に変わったらどうなるか分からないので、1月20日の大統領就任までに叩いておこうということ。もうひとつは2月10日にイスラエルの総選挙があるからです。イスラエルは欧米で株でボロ儲けした人たちがテルアビブやエルサレムに大変な投資をしてすごいバブルだったが、ニューヨークの株価暴落のために不況となった。そこへ選挙となる。麻生がなかなか総選挙をやらないように、イスラエルでも経済不況の中での選挙は与党に不利です。このまま選挙をすれば与野党逆転は世論調査からも明らかです。そこでハマスを叩いた。
 選挙だからと言って戦争をや人殺しをしていいのか。そんな事ってあるのか。あるのです。1995年のラビン暗殺後の選挙で与党のペレスと野党のネタニヤフの一騎打ちとなった時、ハト派のペレスはレバノンを攻撃しパレスチナ人が沢山死にました。しかし選挙では負けた。パレスチナ系住民が棄権したからです。そしてタカ派のネタニヤフが首相になった。
 もうひとつ例をあげます。1981年、選挙前の世論調査で自分の支持率がすごく低かったベギン元首相はイラクのバクダッド郊外の原子炉を爆撃しました。この結果世論調査の人気はうなぎ昇りとなり、逆転してベギンが勝った。だから選挙前にタカ派的行動をとる傾向はイスラエルにはあるのです。

●なぜ12月27日に開始したのか

 選挙が2月10日で、オバマの就任が1月20日なら、攻撃開始は1月6日からでも7日からでもいいはずです。なぜ12月27日なのか。27日には世界のメディアは年末特集番組を組んでしまっているので、27日に攻撃しても大きく取り扱わないからです。日本でNHK紅白を取りやめにして報道したりはしない。世界のメディアも同じです。政治家も官僚も年末の休暇をキャンセルして対策委員会を立ち上げるなどという事はしない。つまり国際世論の風当たりがいちばん弱いと思われる時期を選んでクリスマス直後に作戦を開始したのです。
 ということは、イスラエルは「自分達の安全保障のためには国際世論などは気にしない」と言い続けてきたが、それは実は気にしているからなのです。だから12月27日といういちばんメディアの元気のない日を選んでいる。それゆえに、我々が声を上げるということ、報道するということはすごく大きな影響がある。

●私たちの行動が未来を指し示す

 BBCによれば世界で抗議デモがおこり、カイロでもインドネシアでも大きなデモがありました。BBCが驚きと共に伝えてきたのはカタールのデモです。カタールは米軍基地がありイラク攻撃の司令部もある。イスラエルとの通商関係もある。そのカタールでのデモはいかにイスラム教徒がこの攻撃に怒っているかが分かる、と報道していました。これで東京の大きなデモの事が伝われば、ガザやアラブの人たちもイスラム教徒も、日本人は定額給付金の議論ばかりするさもしい人たちばかりじゃないと勇気づけられるでしょう。アルジャジーラが報道してくれればアラブ・イスラム世界に伝わる。
 インドネシアもカタールもエジプトも同じイスラム教徒です。でもわれわれはアラブ人でもなく大半はイスラム教徒でもない。その日本人が利害を超えて起ち上がった、という事は大きな意味があります。最近『国家の品格』など「品格」という言葉が流行っていますが、品格とは自分の利害に関係なく困った人たちのために動けるかどうかという事であり、いま日本人の「品格」が問われている。「中東問題はいろんな民族がいて難しい」と言われますが、日本も多くの外国人がやってきて共存する事態になっています。世界中がいまや「中東化」している。だから中東問題はよそごとではない。学ぶ事が多い。中東は人類の未来を指し示しており、中東で戦火が続けば人類の未来は暗いという事になります。中東の平和のためにみんなで頑張ることが人類の未来を指し示す事になると思います。

●ハマスを交渉相手として認めよ

 イスラエルの主張は「ハマスがミサイルを撃ってくるから反撃している」という。だったら戦争に訴える必要はないはず。なぜならハマス側の要求は「封鎖の解除」であり、経済封鎖を解除してガザに物資や人が流れるようになればハマス側は攻撃をやめるからです。ハマスの中にも穏健派や急進派がいる。封鎖を続ければ急進派が優勢になる。平和的手段によってハマスのロケット弾を止められるのになぜイスラエルは大規模な軍事侵攻に訴えたのか。これでは問題が解決しない。ハマスは軍事部門も持っているが、現地に行くと分かるように中東最大のNGOでもあり、いろんな福祉活動をやっています。だからハマスの軍事部門を叩いただけでは問題は解決しない。たとえ指導者を皆殺しにしても、次の若い世代が指導者になるだけです。
 では問題解決の方法はあるのか。それはハマスと直接交渉することです。実際ハマスがガザを押さえているのに、なぜハマスと交渉せずにロケット弾を止められるというのか。ガザの治安を回復できるのか。麻生首相は有馬特使を現地に派遣しましたが、NHKによると有馬さんはエジプトに行ってムバラクに会い、イスラエル政府首脳に働きかけるという。戦争しているのはイスラエルとハマスです。ハマスと話をせずに何ができますか。敵対する相手だから交渉するのであって、お友達なら握手すればいい。国際社会・イスラエル・アメリカもそろそろハマスが存在するという現実を認めて交渉するしかない。交渉しなければ前に進まない。

●日本の対PLO政策の時の教訓

 振り返って見ると、イスラエルもアメリカもPLO指導者のアラファトさんを「テロリスト」としてずっと無視してきた。日本とヨーロッパはPLOを認めようと言ってきた。日本としては珍しくアメリカが承認するまえにPLOを承認し、アラファトさんを何度も東京に呼び、PLO事務所も開いて交渉した。それは結局アメリカにとってもイスラエルにとっても良かった。アラファトさんがパレスチナ人を率いているならパレスチナとの交渉をするならアラファトさんと付き合うしかない、という時代が来る。「同盟国」の役割はアメリカと同じことをするんじゃなくて、違うことをすることで将来アメリカやイスラエルが方向転換をするときに助けとなるようにする。だからそろそろハマスがガザを支配している現実を認め、ハマスと接触し交渉することしかあり得ないと思います。写真ページへクリック!

広河隆一さん
ジャーナリスト、月刊写真誌「デイズ・ジャパン」発行・編集長、「チェルノブイリ子ども基金」代表、パレスチナの子供の里親運動顧問、JVJA日本ビジュアル・ジャーナリスト協会世話人代表

1982年よみうり写真大賞、
1983年IOJ国際報道写真大賞、
1989年講談社出版文化賞、
1993年産経児童出版文化賞、
2003年土門拳賞を受賞

<発言要旨>途中まで

●映画「ナクバ」

 いまぼくは「ナクバ」という映画を作ったわけですが、「ナクバ」とは何かというと、1948年にイスラエル国家が誕した時、パレスチナ難民が発生しましたが、このことを「ナクバ」、アラビア語で「大惨事」という言葉で呼んでいる。それから60年目にあたる去年の12月までにとにかく作りたいと思いました。資料集として45時間の映像を3時間にまとめ、日本語版にしました。現在英語版を制作中で2月中に完成させ、パレスチナ人やユダヤ人関係の資料館へ、二世三世の人たちが見られるように届ける予定です。

●死者数のでたらめ

 いったいなぜこんな事が起こったのか。テレビや新聞などのメディアは現在の衝突の事態だけを伝え「報復の連鎖」と報道しています。ニューズウィークなどを見ても見開きでパレスチナ人の犠牲について取り上げ、次の見開きページでイスラエル人の犠牲を取り上げるという形でバランスをとっている。数日前に掲載された朝日新聞の解説記事を読んで私はがっかりしました。この何年ものあいだ、ハマスが自爆テロによって数百人を殺し、ロケット弾攻撃によってイスラエル人に恐怖を与えている、それに対してイスラエルが報復に出たと書いてあった。こういう報道が圧倒的に多い。
 それが本当かどうかはメディア関係者ならすぐに調べられるはずです。イスラエル政府の公報ページを見れば何人が殺されたかがわかる。この3年間のあいだにパレスチナ人が殺された人数は、12月27日の今度の事件の前までで446人です。イスラエル側の死者は12人程度です。しかもそれは3年間ではなく過去7年間における統計です。これが700人から800人に達するパレスチナ人の死者を生み出すための口実だったのです。
 昔からこういう事が行われてきました。1982年に僕がレバノンの戦争を取材した時にも数千人が虐殺されるという事件が起こりますが、その時の戦争の死者数は2万人でした。その口実になったのは、イスラエル北部ガリラヤ地方にPLOのパレスチナ人から打ち込まれたロケット弾による危険ということでした。その時の作戦名が「ガリラヤの平和作戦」。実際には、その半年前までには1発のロケット弾も打ち込まれていないのです。今度の12月27日の攻撃が始まる前までの半年間にロケット弾による犠牲者もゼロなんです。

●戦争の本当の原因

 イスラエルはこれまでも外部との緊張関係による戦争はほとんど無く、内部の政治的問題が原因となって戦争は起こっている。1982年の時もそうでした。自分達の政権は国民を守る能力があり、やるときには徹底的にやるという事を国民に見せつけるだけのために戦争をやっている。そんな馬鹿げた事のためにパレスチナ人が殺されていっている。
 同じような事が前にもありました。ペレスという和平派の人間がこういう事をやった。右翼から「ペレスは弱腰」と批判されガザのハマスの精神的指導者を建物ごと爆破しました。それを撮影して国民に「手柄」を誇示した。

●自爆攻撃と自爆テロ

 その2〜3ヶ月後に何が起こったか。ものすごい数の自爆攻撃です。自分達の精神的指導者を殺されたことへの報復攻撃だったわけですね。だけど数日前の朝日新聞では、数百人の自爆テロの犠牲者が出たと。ところで「自爆テロ」という言葉。「テロ」という言葉を使うのは日本だけで、英語では「自爆攻撃」といいます。NHKのニュースなどでも、英語で「自爆攻撃」と言っているのに画面上のテロップでは「自爆テロ」と翻訳しています。「テロ」という言葉を使うことによって理由とか関係なく「テロリストは血を見るのが好きなのだから殺されて当然」のように報道している。言葉の操作によって「良識派」といわれる新聞でもそう思い込んでいる。しかしこれはウソです。ハマスは相手の軍事拠点などに攻撃をすることはあるが、自爆攻撃を行うのはハマスではありません。私が現地で自爆攻撃をした人の家族にインタビューした時もハマスであったことはありませんでした。イスラエル側の言い分をそのまま鵜呑みにしているわけです。なぜ日本の新聞はイスラエルに追随するのか。
 さっき言ったように、多くのパレスチナ人が殺されているあいだにイスラエル人側は12人程度の犠牲者であったわけです。現在800人〜900人ものパレスチナ人が殺されているあいだにイスラエル人の死者は10人から20人のあいだです。そのうちの4人は報道によると味方からの誤射によるものです。このような1人が殺されたら100人を殺すというような状況は「ナクバ」が続いているとしか考えられない。

●難民を作ったD計画

 先ほども言いましたように、ユダヤ人の国=イスラエルとパレスチナ人の国=アラブ国家とを国連が決めた時からこの問題が始まった。パレスチナ問題は難しくてわからないという人がいますが、簡単です。1948年に何が起こったのかを見れば原因がわかります。
 イスラエル国家が作られた時にパレスチナ難民が生まれた。このパレスチナ難民は必然的に生み出されたのでしょうか。今までは我々はそう教えられてきました。ユダヤ国家が作られようとした時に周辺のアラブ人たちがそれを阻止しようとして戦争になったためであると。しかし実際はそうではないという事がユダヤ側の資料によって分かってきました。一時和平が進行し始めた時に今までタブーだった資料を研究した時期があったのです。2〜3年ほどで和平が中断してしまうのですが、その時テルアビブ大学など有数の大学の教授らがイスラエル軍の資料を初めて公表したのです。
 その資料によれば「国連は自分たちに国を与えると決めた。しかしその領域には半分近いパレスチナ人が住んでいる。このままでは自分たちの国家は安全に運営ができないので、パレスチナ人のできるだけ多くを排除しなければならない」という事が計画されたのです。その計画は「D計画」と呼ばれています。1948年2月にそれが発動され、軍は村をひとつずつ叩き潰して行き、住民を追放していきました。四方を取り囲んで虐殺した所もありましたが、多くは三方を取り囲んで攻撃し、残る一方の出口付近で見せしめに何人かを殺し、パニックとなった住民が逃げていくということをいろんな村でやりました。もちろんアラブ軍が、ここにいると殺されるから一時的に村を離れなさい、あとで取り返してあげるからと勧めた村もあります。

●ナチスの「移送計画」

 普通はどこの国でも戦争になったら付近の村に避難し、戦火が収まったらまた元の村に戻るもので、難民になるなんて思ってないのですが、イスラエルはそれでは困る。そこでD計画の中には追放・破壊も折り込まれていました。難民が戻れないように、すぐに村を破壊しなければいけない。どんどん破壊していくわけです。その破壊を進めるためにイスラエル政府の中に「移送委員会」という秘密の委員会が作られました。「トランスファー」という言葉です。「トランスファー」はこの問題の中で非常に有名なことばです。なぜなら人口学的に人間の排除を移送によって解決しようと考えたのはナチスだからです。アイヒマンがそれを実行したわけですが、こんどはイスラエルがこの「移送」をパレスチナ人に対してやったわけです。
 これは48年だけではなくその後もずっと続いていくわけです。「ナクバ」というのはなんべんもなんべんも起こってきました。虐殺、村々の破壊、土地の没収、指導者たちの追放などがあり、56年にも虐殺事件があり、67年にも旧市街の難民にも、ジェリコの難民キャンプに対してもありました。追放したあとすぐにブルドーザーで破壊する。ユダヤ人の中にも「なぜここまでやるのか」という声を上げる良心的な人もいましたが、「これは我々の安全のためだ」という声によって消されていきました。しかし、ただ村に戻るだけの人を射殺していくという行為があまりに大規模に行われていったので、これ以上帰還する難民の射殺を続けるなら自分はこれを世間に公表すると、兵士として参加していたユダヤ人ジャーナリストが訴えたため、当時のダヤン国防相は虐殺を中断しました。しかし射殺はされないが中には入れないだけの話です。

●人間の尊厳にかけて!

 こういう積み重ねののちに1982年、パレスチナ人が自分たちの主権を主張し始めました。彼らはイスラエルの抹殺とかではなく平和的民主的イスラエルを求めようとしたわけです。だけどその考え方はイスラエルにとって危険な思想でした。共存などとんでもない、ユダヤ人国家であるべきだ、という考えにもとづき、彼らは叩き潰され追放され、虐殺されていきました。三千人が殺され、その後も同じようなことが起こっていくわけです。今回の件もその一環として起こったものです。イスラエルは彼らに、できればどこかへ行ってほしいが、そうでなくてもただ黙って言うことをきくだけの自治政府であってほしいと思っています。ヨルダン川西岸地区のファタハ政府はある程度そうなっています。イスラエルがパレスチナ自治区に求めているのは、自分たちの権利を主張しない、イスラエルのいうがままの、昔の南アフリカ内部のバンツースタンのような、労働者の供給源であるだけのカイライ国家と、そういう人が必要なわけです。ところがハマスはそれに「ノー」というわけです。人間の尊厳にかけて「ノー」という。そういう人間にはイスラエルは爆弾を落とす。

●われわれの責任である

 ナクバはこのように始まった。これだけひどい事になっているのに「ノー」と言えないのは、「どっちもどっち」論をメディアが作りだしているからですね。まずそこから変えないといけない。パレスチナ難民には自分たちの村に帰る権利がある。そういうことで難民を生み出すことに反対した国連の調停官は1948年、ユダヤ人によって暗殺されました。そのために難民救済計画は潰されてしまった。それ以来60年にわたって難民を続けている人々に対して、このような「どっちもどっち」の論調を続けている我々は責任がある。100人以上の人々が一部屋に押し込められ、そこにイスラエル軍が砲爆撃を加えて30人が殺された、その死んだ子どもたちの写真がある。新聞はあまりに残虐なので見せないと言っていますが、この死んだこどもたちにも我々は責任があります。写真ページへクリック!


1月11日14:30より四谷区民センター 参加者400人
小倉利丸さん
富山大学経済学部教授
専門分野:現代資本主義論
<発言要旨>
イスラエル軍の巧妙な長期的作戦

 イスラエルの今回の攻撃以前から長期に渡ってじわじわとした攻撃があった。イスラエルはこのように繰り返し挑発することによってハマスがイスラエルに対して武装闘争を行うことを期待していた。そしてハマスが目立った攻撃を行ったところで叩くという作戦だったのである。ガザへの完全封鎖は巧妙な作戦だったのではないか。私たちはきちんとイスラエルを批判していく必要がある。

「双方からの暴力の応酬」なのか?

 資料にもあるように、また司会の田辺さんのお話しのように、占領下の住民の抵抗とイスラエルの攻撃とをあたかも「等価」のように扱って、ハマスを非難するということが日本のメディアでも繰り返し行われている。占領下の民衆の抵抗運動は国際法上も正当なものである。ところがイスラエル軍とハマス武装勢力との「暴力と暴力との応酬」に一般市民が巻き込まれているというような印象を与える報道がなされている。
 ヨーロッパ世界による南北アメリカ侵略の歴史の中でも先住民による抵抗闘争を「好ましくない暴力」と言えるのだろうか? また非武装平和主義者が持ち出すガンジーの運動もまた武力による抵抗闘争の歴史の中にあり、彼も「非暴力」ではあっても決して平和な闘いではなく多くの犠牲を覚悟していたのである。
 今回の事態も、それに先立つイスラエルによる長年に渡る占領支配に対して民衆が起ち上がったのである。私たちはこれに対してイスラエルの暴力と同等に「暴力はいけない」という立場をとるべきではない。

●「単一民族国家」主義が内包する危険

 日本は単一民族国家だと考えている政治家が少なからずいる。イスラエルが同じく単一のユダヤ人国家という国是を捨てないかぎりパレスチナ人や非ユダヤ人を平等に扱うことはまずあり得ない。パレスチナ人がイスラエルにおける選挙権を持てば大きな影響力を持つことになるので、イスラエルとしてはこれを排除しなければ「単一のユダヤ民族国家」という国是が崩れざるをえない。だからイスラエルは彼らを排除したいと考えている。そういうホロコースト的性格をイスラエル国家は持っている。これは日本にも言える。朝鮮半島やアジアとの関係を見た時に、いつまた戦前のように「日本=単一民族国家」イデオロギーを持ち出してきて国内・国外に力を行使していくかも知れないという可能性を持っている。イスラエルを見て反面教師とせざるを得ない。日本政府は国連決議に賛成したにもかかわらず、イスラエルに対して態度を変えていない。これを変えさせていくことが私たちに問われている。
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